あんつぁんの風の吹くまま

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多神教のローマ文明、パクス・ロマーナはなぜ実現したか

紫式部の昔から日本人の女はスゲーものを書くとは思っていたが・・・。

 歴史研究と歴史小説の中間である歴史物を、一万枚を越す巨篇「ローマ人の物語」(新潮社)全十五巻として書いた、塩野七生女史へのインタヴュー記事を読みました。現代につながる人間世界の全ての基礎を作ったローマ帝国、安定した成長と平和を維持したパクス・ロマーナは、なぜ実現したか。これをテーマにした歴史物のこの本は、パクス・ヤポニカの可能性を秘めた、示唆に富む本だと思う。

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 ローマ人は敗者の神々まで市民権をあげた。負けた方の有力者には「元老院へどうぞ」と敗者を同化していった。ただし彼らローマ人は勝って寛容になった。そこがローマ的と云うこと。

 増税なき、抵抗なく集められる税制を敷いた帝国

 ローマ皇帝の三大責務は高い順に安全保障、内政、公共事業で、「総合安全保障」を確立していた。

 ローマ街道を作ってパクス・ロマーナが生まれたが、万里の長城ではパクス・チャイニーズは出来なかった。

 ローマは多神教の帝都。ローマだったらEUにトルコを入れてしまう。多神教のスピリットは他人の存在を認めること。だから、パクス・ブリタニカとは云わない、ましてパクス・アメリカーナなんてもっての他。

 民主主義は最後の宗教ではないか、古代において、一応ローマが、どうやったら諸民族が共生出来るかをパクス・ロマーナで示した。

 西欧に対していまこそ言ったらいいんです。かつてあなた方の文明の中に、多神教のローマ文明があったではないか、と。
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 こういう言葉を聞くと、パクス・ヤポニカこそ、現代の求める平和と安定ではないかと、胸を反らせたくなるではないか。
by antsuan | 2007-01-18 15:43 | 思想・瞑想・時代考証 | Trackback | Comments(16)
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Commented by seilonbenkei at 2007-01-18 16:44 x
最近、この方と五木寛之のトーク番組観ました。
覇者の責任について語っていました。ノブレな精神だなと思いました。
Commented by antsuan at 2007-01-18 17:00
・マッカーサー元帥が云った、勝者は敗者を背負わねばならない、という神学のおおもとは、ローマ帝国の「勝って譲る」にあったと思えてきました。市民とはノブレな生き方をする人でなければならないと思います。
Commented by 通行人 at 2007-01-18 17:44 x
パクス・ヤポニカって、大東亜共栄圏のことを言ってるんですか?
Commented by mitsuki at 2007-01-19 06:34 x
徳川家康が江戸に幕府を構える際、信長のように寺社を焼き討つような事をせず、むしろ領民を懐柔する為に大切に保護したそうです。
家康の死後も参勤交代の大名が郷里の神を祀る社殿を江戸屋敷内に造る事を認めるなど、耶蘇教以外の信教の自由は保障され、中にはカッパとかタヌキとかヘンな神様を祀る社も沢山あったといいますから、江戸はまさにパクス・ヤポニカの時代だったのでしょうね。
Commented by 通行人 at 2007-01-19 09:34 x
それを言うならば、パクス・トクガワと言うべきでしょう。
Commented by antsuan at 2007-01-19 10:41
・パクス・ロマーナはローマ人の繁栄をふくめた和平ですから、パクス・ヤポニカは日本人の和平と考えてよいと思います。ちなみにパクス・EUといえばヨーロッパ人の和平と云うことです。
Commented by antsuan at 2007-01-19 10:41
・拙ブログのライフログに載せています山折哲雄氏の本にも江戸時代はパクス・ヤポニカだったと評しています。耶蘇教を排除したのは一神教の考えだったからでしょうね。
Commented by 通行人 at 2007-01-19 11:44 x
パクス・ロマーナというのは、ローマの支配によって、環地中海に平和がもたらされた約200年のことを言うわけですから、日本の支配によってアジアの平和がもたらされたとしたら、それは正しくパクス・ヤポニカで、大東亜共栄圏の思想ですね。
Commented by antsuan at 2007-01-19 12:56
・ある資料には、環地中海圏の部族によるローマ人として認めろという争いがあって、皇帝はそれを認めた為にローマ人に格差が出てきたと記されています。大東亜圏の人々が日本人になり和平が長く続くならば、それをパクス・ヤポニカと称してなんら差し支えないと思いますが、単なる大東亜圏の和平であればパクス・ダイトウアと称するのが適切でしょうね。
Commented by mitsuki at 2007-01-19 21:05 x
徳川幕府は朝鮮に対して秀吉の侵略を謝罪し補償を行い、通信使を迎えてますし、明からの亡命者の受け入れを行なうなど、武力による支配ではなく外交による和平交渉で3世紀近くに亘る東アジアの平和と安定に貢献しているので、やはりパスク・ヤポニカで良いのではないでしょうか。
Commented by antsuan at 2007-01-19 21:20
・西洋の歴史家は明治維新を無血革命と称しているぐらいですから、満州国設立ぐらいまではパクス・ヤポニカと云えないこともありませんね。
Commented by saheizi-inokori at 2007-01-23 22:04
文藝春秋でも塩野さんが同じことを言ってました。ローマの寛容と開放性について。共感を覚えます。
Commented by knaito57 at 2007-01-24 16:04
『ローマ人の物語』が偉大な作品であり、破格の業績であることは同感です。とにかく面白いし、教えられること・学ぶべきことが多々あります。それでも私は数冊読んだところでやめました。随所に書き手の“顔”がちらついて、塩野ファンならともかく事実や定説を知りたい読者としてはそれが煩わしかったからです。どんな書物でも筆者の見方・考え方から成り立つのは自明のことなのですから、いちいち“私の見解”を出されると妙に反発して「おりゃ、あんたの考えを聞きたいんじゃない」なんて言いたくなる──そうとうひねくれてますね。
Commented by antsuan at 2007-01-24 17:01
・キリスト教社会以外の人がパクス・ロマーナを書くと云うことは恐らく今までになかったことではないかと思います。それだけに一読の価値はありそうですね。
Commented by antsuan at 2007-01-24 17:01
・歴史研究や歴史小説と違う歴史物の本を、どういうふうに読んだらよいのか私もよく解りませんが、司馬遼太郎の小説も同様に"私の見解"が随所に出てきて正直いって馴染めませんでした。
Commented by saheizi-inokori at 2007-01-25 16:54
knaito57さん、数冊も読んだのはご立派です。
私は数ページでダウン、上記の座談会で佐藤優とかが15巻全部読んで彼女と話しているのか、凄いなあと思いました。何か言うためにはただ読むだけじゃしょうがないでしょうし。