あんつぁんの風の吹くまま

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行政の為すべき仕事とは何かを考えよ(その二)

 前回、安全に対する軽視とか危機管理の甘さについて行政の姿勢を問うべきだと書いたが、もう少し此れについて補足しておきたい。

 危険に対する認識が大幅に欠けている。此れは行政であろうと企業であろうと個人であろうと全く同じことなのだが、行政は企業や個人を規制する立場である以上、最大限に危険の意味を理解しなくてはならない。

 話は少しずれるが、今回の福知山線の事故は、百二十キロの速度でも脱線しないように考えられている線路の造りであり車両の造りであったとするならば、不可抗力ではなかったか。その場合はいたずらに責任を追及するべきではなく、米国の航空機事故や医療事故に対する対応のように、教訓として活かす道へと進むべきだと考えるのだ。

 そこで、今回一番問題としたいのが、危険な事をやってはいけないのは当たり前なのだが、やってしまった時の対応についてである。前回のコメントで指摘したように、反乱を起こそうと企て軍事施設に進入した者に対しては、武力で鎮圧するのが危険を取り除く手段として当然な行為ではないか。何度でも言わせてもらうが、事故や事件が起きてしまった時の迅速な対応こそが行政の仕事なのである。

 話を元に戻そう。まず、危険を認識させる教育をするべきなのだ。自動車学校ではわざと事故を起こしてその後の危険を回避する訓練をするとか、小学校のプールでは溺れないための訓練をさせる等である。海上自衛隊では作業服を着たまま泳ぐ訓練があるが、はっきり言って五十メートルなど泳げなくて溺れそうになる。体力を消耗しないようにゆっくり泳ぐ方法を身に付ける訓練である。こういう事はもっと子供の基礎教育に入れるべきなのだ。此れについては、日本放送協会が英国でそれをやっている事を放送してから、取り入れている学校があると聞いている。教室で此れは危ないですから止めましょうと教えても意味がない。これ以上は危険だと感じさせる教育方針に変える必要があると思う。

 企業では現場での失敗を活かす事が望まれる。汗水垂らした者、失敗の経験をした者の意見の方が、机上で考えた意見より遙かに役に立つ事はよく言われている事なのに、汗水垂らした事の無い者が上に立つとこの失敗をしてしまうようだ。行政のあり方も実はここに帰すると思う。

 机上論で危機管理をするべきではない。此れがわずかな自衛隊生活で学んだ価値ある教訓だと思っている。
 
by antsuan | 2005-05-08 08:15 | 思想・瞑想・時代考証 | Comments(0)