あんつぁんの風の吹くまま

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苛めと憲法第九条


 苛めは恥ずかしい事ではなくやってはいけない事なのに、担当大臣すらそう云わないのは、間違った法律に基づいて執行している事に起因しているのではないだろうか。組織で物事を実行する時によく云われている言葉に、「プラン、アクション、チェック」つまり「企画、実行、反省」がある。ところが往々にしてこの反省の仕方によって成功と失敗の分かれ目が出てくるもので、常々思っている事は企画(プラン)を立てた者は、キチッと実行されているか点検(チェック)したがるけれども、実行している者は企画が間違っていないか疑問(チェック)に思う事がある。

 特に行政は民間が不正な行動(アクション)をしないように検査(チェック)するが、本来はその検査によって企画(法律)そのものが適正であるかどうかも考察するべきなのだ。それをしないから民間をいつも悪者にする構図が改まらないのである。今、社会問題になっている苛めによる自殺やら学校崩壊の教育問題についてはようやく法律のほうを直す動きになった。良き事はでんでん虫の歩みの如しで、とりあえず方向性だけは評価したい。

 政治に関しては常に大局的な見方をするべきで、そのためにも歴史を見直す必要がある。何が言いたいかと云うと、戦後制定された教育基本法と憲法第九条は無関係ではない。どちらも米国と云う絶対権力者がいると云う条件の下に考えられた法律なのだ。今日の日本の現状は、自らを守るために戦う事を否定した結果ではないだろうか。苛められている者を守るために戦う事、これを正義と云う。日本の正義を否定するような憲法は改めるべきであろう。
by antsuan | 2006-11-22 08:02 | 政治・経済 | Comments(2)
Commented by seilonbenkei at 2006-11-22 23:02
antsuanさんが記事で言おうとしていることとは違う意味になりますが、誰かに守ってもらってあたりまえの感覚が蔓延してるのは事実と思います。だから、いじめられてる誰かも誰かが守るだろう的に無関心になるのではないでしょうか。いい意味での、自分の身は自分で守る心構えが必要と思います。

さて、首相が変われば一度追い出した議員もぞろぞろ復党するように、あれは前の首相の政治だからですませてしまうことが多いと感じる永田町です。法の改正も、その時の解釈はその時の組閣のものだからにならないように切に願う私です。
Commented by antsuan at 2006-11-23 11:22
・そちらのコメントにも書きましたが黙っている事が出来ない性質で、政治にも首を突っ込んでいるのですが、自殺は泣き寝入りと同じで残された者にはなんのためにもなりません。子供だけでなく大人も苛められたらもっともっと声高に叫んでほしいと思うのです。