あんつぁんの風の吹くまま

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愛さなければ愛されない


 晩婚化、少子化、ニート、引きこもり、親殺しに子殺し、それらに関する教育問題、これらは総て「愛」の問題に帰結すると思うのです。

 cazorlaさんが「スペイン男の誠実」に書かれた「愛が無くなっても一緒にいるのは相手に誠実でない」と云う言葉が引っ掛かっていました。妻を愛さなくなっても子供を愛している場合はどうするのだろうか。やはり別れるのが正解なのでしょう。妻が他の男に愛される機会を奪うべきではないのですから。

 では、日本の男達はどうなのでしょう。ものが豊かになり精神的に大人にならなくても食べていける社会になって、戦後教育の間違いから自己愛(個人主義)が推奨された結果、愛されたいけれども愛する事が出来ない男がいっぱい出来上がってしまったように思うのです。女の方も似たり寄ったりで、愛する事よりも愛されたいから、自分をちょっとだけでも理解して関心を持ってくれるナンパ目的の男にも平気で身をまかせる。そして、教育現場では子供を愛せない教師がどんどん増えてきています。

 愛さなければ愛されない、この事の再認識が歪になった日本社会をまともなものに戻す要素ではないでしょうか。そういえば、戦前の「教育勅語」は"神道の教義"だとrabbitfootmhさんが述べておられましたが、「父母に孝に」「夫婦相和し」「朋友相信じ」など、日本人のバイブルとしてもう一度見直しても好いのではないかと思うような事が書かれています。と言うのも、そこには「愛する事」を教えているからなのです。
by antsuan | 2006-10-12 12:34 | 文学・教育・科学・医療 | Trackback | Comments(14)
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Commented by cazorla at 2006-10-13 01:19
私がそう思っている とされるとちょっと困るのですが・・・
私自身の立場は 愛は終わらない というのを信じています。
本当の愛であれば 終わりはないと。 
吉行淳之介が 愛というのは哲学的観念だから 論理のない女に理解できない というようなことを述べてらっしゃるのですが それは女のバカにしていると思う一方で 人間的に成長してきちんと相手を一人の人として認識しなければ愛ではなく単なる愛着でしかない と思います。
人間として成長していくことは 男女間だけでなく 人と関係する上で かかせないことですね。 とりとめなく なりましたが。 
Commented by antsuan at 2006-10-13 04:55
・人間に必要なものは男女間に限らず、あらゆる関係において『愛』が必要なのだと思うのです。教育基本法の事を書こうと思ったのですがずいぶんとズレてしまいました。cazorlaさん、勝手に引用して失礼しました。今の日本において愛するという能動的な行為がすごく希薄になってしまったように思うのです。「愛」は法律で規定されているものではありませんから、やはり『教育勅語』みたいなバイブルもどきのものが必要になってくるのではないでしょうか。
Commented by reiko_06sp at 2006-10-13 08:41
人間至上主義になって、「愛すること」「可愛がること」というのが
本当に希薄になってきてると思います。
また私事になりますが、集団生活だから、という理由や、衛生上よくない
なんて理由で野良猫を駆除したり、ペットも隠れて飼うような社会です
(理由はわからなくもないですが)
そして少子化、一人っ子の増加、親戚つきあいの希薄で
子供は自分より弱いものを「愛する」ことを、教わる機会が減っているように感じます。
飛躍しすぎたかな・・・・・
Commented by ohara at 2006-10-13 08:47 x
教育勅語は全文で理解しないといけませんよね。部分的にpickupしては。
教育勅語は、この国は俺の祖先が作ったモノで、俺は生まれ乍らに王で、お前らは生まれ乍らに臣民なのだ。だから、忠誠を尽くせ、と言っているのでしょう?

愛とは、自己犠牲の上に、無償で相手に与えるモノだと思います。逆説的に云えば、愛は奪うモノ、と言うことになりますね。
「夫婦相和」と言えば、勝手なセックスをしないで、相手に満足を与えることが基本でしょう。それ無くして男女間の愛はあり得ないことだと思いますが....。
夫婦とは、男女が基本で、後は法律がくっついているだけではないでしょうか。


Commented by antsuan at 2006-10-13 10:31
・レイコさん、権利を主張して義務を無視している今の世の中を見ていると「愛する」ことをわざと教えないようにしているのだと思うのですよ。愛することを教え、愛することを実行していけば、法律なんて作らなくても世の中よくなって行くと思うのですが甘いでしょうかね。
Commented by antsuan at 2006-10-13 10:32
・「愛」と云うよりも「博愛」「愛する」と云う、おっしゃるような相手に与えるものを失いつつあると思うのです。
明治時代は天皇と臣民(国民)の国家であり、将棋文化を持つ我が国は、天皇と臣民の天皇と臣民による天皇と臣民のための政治を行っていたのであり、むしろ武士道精神を持たない軍人官僚と云う臣民が、天皇の国として政治を悪用したわけです。
ウィキペディアによると「教育勅語」は明治維新後の西洋かぶれに危惧したことが発端となって作られたもののようです。敗戦後の今においても同様の危惧を抱くのは自然の成り行きでありましょう。現代においても"天皇"の部分を"祖先"と置き換えるだけで十分通用するものであると、現代文に訳されたものを読んで思いました。
Commented by ohara at 2006-10-13 13:53 x
antsuanさん
「天皇」と「祖先」を入れ替えれば通用すると云うことではないと思います。

天皇と言えば、一点集中帰属と言うことで、祖先の場合はその様には為りません。土台、日本民族などと云うモノは存在しないのですから。

明治以前は、人は領主に帰属させられていたのです。そこで、統一した日本国を作るには、良いか悪いかは別にして、一点帰属が必要だったのだろうと思います。
この頃の国民は愛国心が足りないなどと云われますが、日本を捨てて何処かの国に行きたい、等と考える日本人は殆ど居ません。国民は充分に日本を愛しています。

愛国心とは、国のために戦うことだ、とする人たちが、ないないと騒がしく騒いでいるだけでしょう。

Commented by antsuan at 2006-10-13 15:04
・oharaさん、何時もご意見有り難う御座います。なんか、私が愛というと愛国心のことを言っているように思われてしまっているようですが、ちゃんと夫婦愛も考えています。満足させているかと聞かれれば自信が無いのですが。(^^; ところで、教育基本法で愛国心を持たせることには私も賛成出来ません。日本は昔から二重基準をもっていました。神と仏、律令と御成敗式目、そして明治時代には憲法と初の神道の教義と言っていいような教育勅語です。現代においては、もう一つの基準が無くなっていることが問題で、倫理的なものを法律以外の別なもので規定した方がいいと考えているので教育勅語をいじくったらどうかと考えた訳です。いかがでしょうか。
Commented by ohara at 2006-10-13 15:56 x
教育的見地から見れば、何か指針のようなモノが有った方が良いことはよいでしょうね。でも、それがすぐ教育勅語に行って仕舞うところは少し問題ではありませんか?
阿部総理も何か教育の現状を改善したいという意欲は買うのですが、あの方は、戦後を進駐軍に押しつけられてモノとして、全面否定してしまうところが問題だと思います。
戦後、アメリカに依って開かされた目というモノもあり、是々非々で考えなければ、いけないのではないでしょうか?
人間平等、男女同権、普通選挙等、良いこともいっぱいあります。

戦争に負けて、国民が警察国家から解放されて、ほっとしたのも事実です。
かと云って、アメリカの世界支配戦略を認めるわけではありませんけど。
Commented by antsuan at 2006-10-13 17:54
・変化している世の中ですから、何事も硬直化してしまってはよくないと思います。
話しはズレてしまうかも知れませんが、「健全な精神」というのは「人を愛する」ことではないかと思うのです。しかし、これにはやはり信仰心的要素が必要で、宗教学者の山折哲雄氏は「万葉集」「源氏物語」「平家物語」などの古典文学を学ぶことにより、充分にそういう要素を育むことが出来ると述べています。茂木健一郎氏だったか藤原正彦氏だったか忘れましたが、文学こそが本当の学問であると言っていました。本を読むようになれば、自然と「愛する」ことも分かるようになるというのも真理でしょう。そういう教育はやはり法律で縛るべきものではないと思います。
Commented by seilonbenkei at 2006-10-13 23:55
愛さなければ愛されないのであれば、それは交換条件じゃないでしょうか。
「ねばならない」ではなく、好きでありたいと思います。親を、カミさんを、子どもを、そしてこの国を。我が身に代えても守りたくなるのは義務感によるものではなく、自然な感情のはずですよね、本来は。もちろん、好きになれないからといって守らなくてもいいと言い出すのは少々おかしいのですが。
日教組は教育勅語を全否定しますが、今の教育の中でも(形を変えて)活かせばいいのにと思える部分はけっこう多いと思います。
Commented by antsuan at 2006-10-14 06:36
・『和』というのは"お互いが愛する"状態を云うのだと思います。その<自然な感情>が希薄になってきている危機感を持っています。そう云う<自然な感情>を育む事が必要でしょう。日本には、教師はいっぱいいるけれども育師がいないと誰かが言っていましたっけ。 おっしゃる通り、教育勅語は形を変えて活かせる部分が沢山あると思います。 『愛』についてはまだまだ若輩の身ゆえ、セイロンベンケイさんのご指導を期待しております。_(._.)_
Commented by mitsuki at 2006-10-14 19:47 x
現代日本人のバイブルは少年ジャンプでしょう。
今まで死闘を演じていた二人が闘い終わって親友となる。
それが今の日本人のパラダイムです
Commented by antsuan at 2006-10-15 00:02
・日本の皇室がこれほど長く続いているのにバイブルがないと言うのはちょっと不思議ですね。あちこちの国と親友になるにはそれこそ沢山の戦争をしなければならないのでしょうか。