あんつぁんの風の吹くまま

ブログトップ | ログイン

遊廓を復活しませんか。

 石原都知事が、都の埋め立て地の再開発構想の中で、ラスベガスのようなギャンブル街にすることを提唱したことがありました。今でも考えているかも知れません。正直言ってあまり賛成出来るものでありませんが、もしそれをやるならばついでに遊廓も復活して欲しいと考えています。

 母性本能と云うのは我が子への愛とは無関係なものだと云うことが最近の事件で分かってきました。精神的愛はやはり道徳教育によって培われるものであるのでしょう。しかし、「ゾッとする学校の性教育」にも書きましたが、狩猟民族のセックスにおける概念は家族のいない野生動物を念頭に置いた父とか母と云う言葉も存在しない社会を理想としているのです。日本の今の性教育はその狩猟民族社会にある宗教色を取り除いてしまった野獣社会を基本としている思想なのです。

 それで良い訳がありません。戦前までは、多神教国家の日本ならではの世界に勝るとも劣らない道徳規範がありました。その仏教や神道や儒教などの規範の上で、日本人はおおらかな性を享受していたのです。遊女の人気番付が公表されるなど、外国人がびっくりするほどセックスに関して明け透けな社会でした。もちろん男女の不平等はあったでしょうが、明治時代においては与謝野晶子のように自由な愛を主張することも許されていた先進的な社会でもありました。

 遊廓はある意味で道徳的規範に基づいた高級な社交場であったと想像しています。今の乱れた日本の社会を正すには、もう一度農耕民族の思想に基づく日本人のための道徳規範を見直す必要があるように思えます。
by antsuan | 2006-09-02 12:33 | 思想・瞑想・時代考証 | Trackback(2) | Comments(25)
トラックバックURL : http://antsuan.exblog.jp/tb/3692276
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
Tracked from 村人生活 @ スペイン at 2006-09-05 03:19
タイトル : 女のプロになりましょう
あんつぁんが遊廓を復活しませんか。という記事を書かれていましたが 現在はプロの少ない時代だな と思います。 もちろん性産業だけでなく。 ウェイトレス然り 建築業然り。  家族の崩壊 というか 母親の子殺しなど 育児放棄も基本は このプロ意識のなさだと思います。 愛情だろ と怒られるかもしれませんが 基本はプロ意識のない社会のなかのゆるさみたいなもの 安易な結婚と安易な出産。 売春だって安易に始めすぎる。 そして 男達も安易に買いすぎる。 遊郭に行っていた男性諸氏は ちゃんと「遊び」を心得ていたのでは...... more
Tracked from 国旗国歌の強制は違憲 at 2006-09-24 17:57
タイトル : 国旗国歌
強制は違憲... more
Commented by seilonbenkei at 2006-09-02 19:02
認識不足でなんですが、遊廓と女郎屋を混同してる私です。借金のカタにフロに沈められた女の子達、、、そんな突っ込みどころ満載のイメージです。だから遊郭反対!(笑)

母性と最近の事件の関連性ですが、ある大学教授(名前失念)の研究では、そうした事件を起こす女性の8割に発達障害などが認められているそうで、その内の9割に幼少時の家庭環境が絡んでるのだとか。ですので、いちがいに我が子への愛とは無関係と断じることはできないと思うのですが、日本の古き良き時代の道徳教育は確かに優れたものがあったと私も思います。
例えば差別につながると表現の規制をするより先に、することはあっただろうと思います。戦後教育のありかたには、私もいくつか言いたいことはあります。
Commented by ohara at 2006-09-02 19:20 x
あのですね、其れは商業的に成立しない市場だと想いますよ。
性の解放に恵まれていないのは、初老以降の人たちで、今の若い人たちの間では、成立しない取引では?
儚いノスタルジア???
Commented by realutopia at 2006-09-03 07:22
セックスが大好きで、それを金に換えることに躊躇しない人と、同じく金で性を買うことに積極的な人の価値観の交換場所として、遊郭は必要悪であると思います。現代ではソープがその役割を果たしているのでしょうか。その意味では、個人営業の売春もありだと思うのですが、認められていないのは、衛生管理と税金の徴収が困難だからだと思っています。登録免許制にして健康診断を義務付ければいいと思いますが、いずれにせよ、どんなことをしても裏で商売する(脱税する)人は必ず出てくるでしょうけれど。
Commented by antsuan at 2006-09-03 22:33
昔は大人の立場と子供の立場をキチッと分けていましたよね。今の教育にはそれがない。
Commented by antsuan at 2006-09-03 22:35
うーーむそうかも知れませんね。しかし、性についても大人がキチッとけじめをつける必要があると思うのです。
Commented by antsuan at 2006-09-03 22:38
エイズの問題も無視出来ませんね。日本は変なところを自己責任にして押し付けるところが非常に気になります。
Commented by cazorla at 2006-09-05 03:20
コメントしたかったんですが ずっと 考えていて 結局トラックバックさせて頂きました。 ちょっと主旨とずれてるかもしれませんが これを読んでからずっと考えていたことを書きました。
Commented by antsuan at 2006-09-05 10:07
cazorlaさん、トラックバック拝見しました。有り難う御座います。日本はいつの間にかプロが生活しにくい社会になってしまったようです。大人の社会と子供の社会をもう少ししっかりと分けても好いような気がするのです。子供が入るべきではない社会と云うものを明確にしないから甘えた大人がおかしな事をするのではないかと考えています。
Commented by gabefunyaa at 2006-09-12 22:37
遊郭や赤線はプロであり、性感染症が蔓延することのないようにしていましたよね。
しかしいまの援助交際という名のもとの売春行為、あるいは安易な婚姻外の自由恋愛ときた日にゃ…。
クラミジアなど受精に大切な卵管に炎症をひきおこす性感染症の存在が妊娠しにくい若い女性を作り出していることを考えると、少子化対策として案外遊郭は必要なのかもしれません。ちょっと極論ですけど・汗
Commented by antsuan at 2006-09-12 22:49
大人としてのケジメがしっかりしていたからこそ、セックスに関して明け透けでいられたのだと思います。学校だけが教育の場ではなく、こういった社交場も教育の場であったのではないでしょうか。
Commented by fumiyoo at 2006-10-19 16:27
遊郭??何を時代錯誤したのか自分勝手な受け止め方やね~言葉がおもちゃになっては怖いです。セイロベンケイさんの考えに近いですが戦後民主主義の過ちがアンナ形にもなって出てきています。女性の母性は大切なもの・・本来。私達は何の疑いも無く民主主義教育を受けてきましたが、それらが全て正しかったか?日本人にあっていたのか考え直す事を我々はしないといけないのでは?
Commented by antsuan at 2006-10-19 17:59
・fumiyooさん、今晩は。 おっしゃる通り戦後の民主主義教育を考え直す時が来ていると思います。ちょっと過激な題名を付けましたが、私の言いたかったことはそこにあるのです。
Commented by fumiyoo at 2006-10-20 21:45 x
遊郭で働いているた人がプロというのは可笑しな自分勝手な一方的なものの見方ですね、利用する人はそう思いたいでしょうが・・それは勝手で、彼女達も普通に家庭があり、親がいて、兄弟もいる普通の女の人なのですよ、最初から遊郭で働くようなプロなんてどこにもいないわ、勝手に問題を摩り替えないで・・
Commented by antsuan at 2006-10-20 22:39
・遊廓が存在した時代をよーく考えてみて下さい。今日の自己愛による子殺しや親殺しと違って、貧しさゆえの口減らし姥捨て等の風習が残る世の中だったのです。外国では奴隷制度が存在していましたし異端者異教徒への弾圧虐殺なども日常茶飯事だった時代です。生きているだけでも幸せだったそう云う時代に日本人は野獣的なセックスではなく道徳的規範に基づいたセックスを確立していたのです。民主主義を自己愛主義と勘違いしているのが今の世の中ではないでしょうか。ネームカードに記したように「自らを正すのがプロ」というものです。プロを「責任ある大人」と言い換えてもいいと思いますが。
Commented by fumiyoo at 2006-10-21 15:19
遊郭って時代劇で見ている限りはそうなんでしょうが・・でも現実には合法的に認められていたのはつい最近までではないんでしょうか?昭和31年に売春禁止法が出来、それが施行される昭和33年まで、現実にはそのような場所で働いていた女の人が皆・・自らをただす=プロだったでしょうか?まだまだゆうにゆわれぬ家庭の事情で犠牲にならざるを得なかった人たちではないのですか?今風に言えば社会の弱者だったように思いますが・・それでも“プロ”と言う言葉を使いたいですか?
Commented by antsuan at 2006-10-21 17:29
 ・ジェンダフリーなんて言葉が闊歩するような現代の無節操な男女関係は、自己愛主義あるいは似非社会主義によるものだと考えています。昔の時代が良かったといっているのではありません。昔の方が女は女らしく、男は男らしかったのではないかと想像しています。
 プロとは玄人の意味であり、玄人とはその道の専門家という意味でしょう。社会の弱者強者とは何の関連もありません。学生運動家がよく言葉の意味をすり替えたり、無意味化して言論闘争をしていましたが、そのような事は重々気を付けているつもりです。
Commented by fumiyoo at 2006-10-21 21:11 x
なんとなく、話がずれてきている様に思います。あなたの言う意味は所々納得していますが、私は女性です。“遊郭を復活しませんか”という題名にしなければ、あなたの言いたい事が言えない訳がない。私はそのフレーズに拘っているのです、なぜなら私も同じ女性だから、あなた方男性がそう言うフレーズに一種の男のかっこよさを感じてて書いたのなら本題からはずれていくものだと思います。なぜ、このフレーズでなければあなたの本題に踏み込めないのですか?私には解りません。
タダの記号ですか?
Commented by mitsuki at 2006-10-22 11:29 x
ええっと、遊郭=吉原(幕府公認の売春窟)という事で宜しいでしょうか?
江戸時代には吉原の他にも岡場所という非合法の売春窟が多数存在しまして、その他にも提重、蹴転、夜鷹、船饅頭、飯盛女などと呼ばれる、止むを得ない事情から性産業に従事しなければならない人が沢山居り、値段が格段に安かったため、それらに対し吉原は文化の力で対抗したのです。
でもまぁそういう話は女性として不愉快ですから私も遊郭の復活には反対ですね。
Commented by antsuan at 2006-10-22 13:14
・批判的なご意見を下さる方も含めて、私の意図する気持ちを理解していただいていると感じているのですが、このブログ内容は、社会を腐敗させている原因にもなっている無節操な性の乱れをどうしたらいいかという問題提起です。その中で私の結論は、家族社会を単位とした、つまり夫婦親子兄弟姉妹という男女関係を規範として持つべきであって、野獣社会的オスメス関係は人間社会を腐敗させるという事です。  過激な題名で女性の方には不愉快でしょうが、超ミニのスカートをはいたり、電車の中で化粧をしたり、へそを出して歩いている姿は、男を挑発し誘っている行為だという事に気がつかない方が不愉快であり、はっきり言えば男を無視していて失礼ではないでしょうか。議論が白熱するだけでもこの題名を付けた価値があったという事でしょう。
Commented by antsuan at 2006-10-22 13:15
・mitsukiさん、細かい時代考証有り難う御座います。正直そこまで詳しくは知りませんでした。 性産業を公認しなくなった結果がいまの世の中です。公認しても良くなるという保証はありませんが、出張エステなんてソープランドよりもいいかげんな業態ではないですか。このような野放しな状態を放っておくべきなのでしょうか。一刻も早い道徳的規範の確立が望まれます。
Commented by seilonbenkei at 2006-10-22 17:04
横レスですけど、fumiyooさんの論点は性を産業とする視点に憤りを感じているのではないでしょうか。
正直、最近の若者の中には自らの意思で性を売り物にする者も多いと思います。antsuanさんはある意味それを憂えているのでしょうが、しかし遊郭という時代、そういう人はいてもきわめて少なかったのではないでしょうか。道徳規範が今よりはるかにしっかりしていましたから。
いったんその世界に入った人がその道のプロとして男と接しただろうことは想像できますが、プロになろうとしてプロになったのではなく、嫌な作業を繰り返すうちにプロになってしまった。女性としてはプロになってしまった、それがつらいとfumiyooさんは言いたいのだと思います。ですから、antsuanさんがこの記事で書こうとしたのだろうことと、fumiyooさんが言いたいことはかみ合っていませんので議論になっていません。
私は普通の男ですから扇情的なタイトルも笑ってやり過ごせますが、もしも忌まわしい記憶のある女性がこのタイトルを見たら、傷つく可能性は大いにあると思います。
割って入ってすみませんでしたが、そんな風に感じました。
Commented by fumiyoo at 2006-10-22 18:39 x
そう、そうなんです。セイロベンケイさん、有難うございます。整理していただいて・・私はパソコンのキイを打つのもそれほどうまくありませんので言葉足らずだったと思いますが、一生懸命言いたかったことはそうなのです。そう、忌まわしい記憶のある人にも優しく配慮してほしかったの
と、プロになろうとしてなったのではなく、やむ終えない事情(家庭の犠牲
)などで嫌な作業を繰り返すうちに・・そう、そう言いたかったの、だから社会の弱者的な存在だと私はおもいました。今の時代のそれとは状況も彼女たちの置かれた立場も何もかも違いすぎるのに・・引き合いに出されるのが可笑しいのです。余計論点はずれます。割って入ってくださって有難う、今日から気持ちが楽になります。
Commented by antsuan at 2006-10-22 22:26
・「噂の眞相」の編集長、岡留安則氏の「反権力スキャンダリズム」に共感を覚えた余韻が残っていることもあって過激な題名を付けましたが、fumiyooさんのおっしゃりたいお気持ち、ようやく理解出来ました。セイロンベンケイさん、ご助言有り難う御座います。
 しかし、fumiyooさんのお気持ちを逆なでするようで申し訳ないのですが、あの時代は遊廓に売られた女性だけが社会の弱者だった訳ではないのです。兵隊にとられて戦場に行かされた男も、日本を捨てアメリカ大陸や満州に新天地を求めて移民した人々も同様であり、忌まわしい記憶を持った人はそれこそ数えきれない程いたのです。
 しかし、今は違います。女性にも参政権が有り、男の前で平気で化粧をするような考えようによっては女のほうが男より強い世の中です。そう云う自由な現代において、「女中」「三国人」というような言葉などを差別用語だとして優しい配慮(自主規制)していることこそ、歴史認識を誤らせる原因であり、現代社会を歪にしている要因だと考えています。
Commented by fumiyoo at 2006-10-23 11:06 x
あの時代は遊廓に売られた女性だけが社会の弱者だった訳ではないのです。・・・当然です。 男の前で平気で化粧をするような考え・・・日本人は行儀が悪くなったのです。礼節が無いのかもしれませんが若い子は何時かきずく時があると思いたいです。優しい配慮(自主規制)していることこそ、歴史認識を誤らせる原因であり・・・政治家が何かの法案を通したい時に使われそうな言葉ですね。人間は押しなべて“思慮深ささ”は“優しさ”へも通るものだと思っております。
Commented by antsuan at 2006-10-23 12:45
・fumiyooさん、こんにちは。"思慮深さ"は貴女のような方にたいしてはなすべき行為でありますが、時として思慮深さは[情報の遮断]という毒を出すことがあり、権力者に対しては決して配慮すべきではないと考えます。草の根記者を自負しているものとして、女性の方に不愉快な思いをさせてしまうのを覚悟の上の題名であることをご理解いただきたいと思います。 子育てに関しましてはfumiyooさんの後輩にあたります。今後ともよろしくお付き合いください。