あんつぁんの風の吹くまま

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戦争で戦った事を忘れてはいけない。

これは重箱の隅ありのままの戦場知ってへのトラックバックです。

私の事をブロガーといわず、グラスルーツジャーナリスト、或いは市民ジャーナリストと呼んでほしい。(笑)

 パソコンのプリンターを使った事のある人ならば、印刷したものが画面のものと色や解像度が大きく違って出てきてしまったという経験があるだろう。我々が見聞きするマスコミからの情報は、往々にしてそのような安物プリンターと変わらない事をよく自覚しなければならない。

 大東亜戦争を無意味な戦争だったと云う人がいる。日本軍が市民を犠牲にしたと囃立てる朝日新聞などのような報道機関も沢山ある。大江健三郎氏は「足手まといの住民に日本軍守備隊長が集団自決命令を出した」という沖縄タイムス社のでっち上げ記事を確かめもせず、嘘八百の『沖縄ノート』を書いた。事実は戦後、集団自決した人たちの子供たちに遺族年金が出るよう、村長の頼みで旧日本軍守備隊長が「自決命令を出した」事にしたものなのだ。

 軍人は国(国民)を守るために戦う事が使命なのだ。宣教師の使命として布教があるのと同じ事なのに、軍人が戦う事の正当性を認めないおかしなマスコミがある。読売新聞の記事に「ありのままの戦場を知って」というタイトルで、戦わず逃亡した小隊の兵士の事が書かれていた。その小隊の士官は戦術としてそれを選んだのであり、けっして卑怯でも何でもない。

 しかし、そのような"一部"の「ありのままの戦場」だけが全ての戦場ではない。敵の戦闘能力を掌握しないで突撃して行った部隊も沢山ある。多分そちらの方が「ありのままの戦場」の姿であったに違いない。神風特別攻撃隊や水上特攻の大和も「ありのままの戦場」に散って行ったのである。私は、あの大戦での兵士の死はけっして無駄ではなかったと信じている。彼らは立派に使命を果たしたのだ。それを誇りに思う。

 大東亜戦争は確かに無謀な戦争だったけれども、止むにやまれぬ「人種差別」との戦いだった。遡って、日露戦争も明治天皇が反対するほどの無謀な戦争だった。何が違っていたかはまた別の機会に書く事にしよう。
by antsuan | 2006-08-12 10:59 | 思想・瞑想・時代考証 | Comments(5)
Commented by seilonbenkei at 2006-08-12 14:00
私は「軍人」を不要と考えていますので、antsuanさんと意見がかみ合わないのは当然と思います。また、例えば敵襲に怯えていた人達が「一部」なのか、勇敢に戦った人達が「一部」なのか。それぞれが見聞する資料によって違ってくるでしょう。
新聞記事中の上官の判断にしたところで、記事中には持ち場放棄と記されていました。戦術であれば、放棄という表現は使わないのではないかと私は考えますし、その後その小隊は延々逃げ続け、終戦後2ヶ月経って投降したとも書かれていました。投降は戦術ではないと思います。
余談ながら、大本営発表では敗退の代わりに転進という言葉を作り出したと話題になったこともありましたよね。古い読売新聞の記事にあったような気がします。
とはいえ、antsuanさんとは反対の意見になることが多いですが、私もantsuanさんも平和を願っている点では同じと思っています。
Commented by antsuan at 2006-08-12 14:30
コメント有り難う御座います。 忘れて欲しくないのは、「戦争があった」のではなくて、「戦争で戦った」事実なのです。戦場に赴いた者を被害者扱いしては本当の『平和』を語る事は出来ないと思うのですよ。
Commented by antsuan at 2006-08-12 14:42
余談ですが、上官の指示で部隊が行動したのであれば放棄も投降も立派な戦術です。
Commented by mitsuki at 2006-08-12 19:40 x
今、戦争で中国に赴任した人の手記を読んでいるんですけど
「虫も殺せない優男だった自分が今や敵兵を殺した日ほど夕飯がおいしくいただけるように変わってしまった。」という下りに絶句してしまいました。
Commented by antsuan at 2006-08-12 20:22
そう言うことを聞くと無駄な戦争だったんだなぁと感じます。外交戦略のない終わらす事を考慮しない戦争は良くないと思います。