あんつぁんの風の吹くまま

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叔母の随筆 (その二)


 パイプ姿がすごく似合った叔父さんとの、五十五年の思い出話を綴った叔母の随筆です。

    思い出の摘草 つづき
 ロマンチックのついでに素敵な花を見つけた。五十五年前の初めての私の誕生日に、彼はゲランの香水「ソワールドパリ」と云う小さな青いビンをプレゼントしてくれた。”夜間飛行”のオーデコロンに代り・・・彼は、ダンヒルのパイプが似合う様になっていた。今では、何処からお金を出すのか、びっくりする程高価なバックを持つのが流行しているけれど、羨ましい等とはちっとも思わず、気の毒な気さえする。初めて、パチンコなるものが出始めた時、旦那様達が、夕食のおかずに持って帰る缶詰類の景品に魅せられる人が多かった。今、流行の焼きそばもお好み焼きも神戸での屋台で最初に食べた。洗濯機は勿論、冷蔵庫もなく、ガスコンロなるものもなく(電熱器と石油コンロだけはあった)結婚一年目、二度目の「ロクマク」で身体を悪くした彼は入院するのを嫌がって(その頃の病院もそれを認める程度の内容だったのだと今になって思う)六畳の我が家が、そのまま、絶対安静四ヶ月の病室となり、看護婦・家政婦・主婦の三役をこなした。氷を買いに走り、夜中の寝汗で三、四回も取り換えた寝巻きを手で洗い、ふとんを干し・・・それでも若いと云う事はたいした事が出来るものだ・・・と今の私は、なめくじの様に考えただけで疲れてしまう。親を亡くし、家を焼かれた浮浪児が、残飯を缶に入れて道を歩いていた。今、ニュースで見るイラクの子供の様な姿で・・・。人間はおぞましい、やりきれない事を繰り返す動物なのだろうか・・・
 彼が宇宙に姿を消す前、今の事を忘れるアルツ・ハイマーになっていたのに、その頃の事が胸に浮かんだのだろうか、”お前に命を貰って、何の思い残す事も悔いる事もなく、会社の仕事をして来た。有り難う・・・”と思いがけない真面目な目を向けて私に云ってくれた。そして、ニヤリと笑って、”お前、美人だな・・・”と一言云って又、眠りに入ってしまった。私にとって、最初で最後の思い出深い花になった。
 どこも悪いところは無く、レントゲンは頭も身体もきれいだと、医者の甥が私と子供達に教えてくれた。痛みも苦しみもない”寿命です、大往生です”とお医者様も云って下さった。自然な老いの死を迎えて、一言、云い足す様に”お前も自分の手で自分の命をちぢめるような事はするなよ、自然に・・・自然に・・・”どこかで聞いた様な言葉は彼の一生を左右した宮沢賢治の言葉だったろうか。
 書き出したら、何時の間にやら”想い出の摘み草”ではなく、根ごと引き抜いて重くなって来た事に気がついた。もう、いいかげんにペンを置こうと思った時、ふっと、摘み草の中に黄色いタンポポのあった事に気がついた。六畳一間の寮から三部屋もある社宅に入った時、神戸時代の三年目・・・病気の快復期にあった夫と雑草すらはえていない庭に、リハビリがてらの散歩をする時、道ばたのタンポポの花に魅かれて庭に植える事にした。
 白やピンクのつめ草の花、名も知らぬ小さな花々が庭に根付いた頃、父から送られてきたホリホックス(立あおい)の種を播いたのだけれど、花の咲くのを見る事が出来ないまま千葉に転任、その後の生活は花に埋もれる生活になったけれど、人生、そのものは五十五年の大木になってしまった気がする。だから、余計に昔々のかれんな草花が恋しいのかも知れない。
 一人になって・・・又、摘み草をする様になった自分を苦笑しながら足元を見る時、その目が、草花より、障害物を取りのぞく視線になっているのに気がついた。
想い出の摘み草が出来なくなった時、私は彼と再会出来るのだと思う。
 ニヤリと笑って”お前、ばあさんになったナ”
と云われない様にと、もういいかげんなばあさんになったくせに心だけは若々しくいたいと思う。
 魂に年はないと同意する孫のような娘さんと友達になった。草花も人も出会いの楽しさに代りはないように思う。
               平成十六年十一月十七日
by antsuan | 2006-08-02 21:48 | 身の回り・思い出 | Trackback | Comments(6)
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Commented by seilonbenkei at 2006-08-03 06:34
安っぽい言葉を並べたくないので、一言だけにさせていただきます。
心にしみるお話をありがとうございました。
Commented by cazorla at 2006-08-03 09:12
母が最近よく花を摘んでいるのでふとその姿と重ね合わせてよみました。
Commented by なんだかな~ at 2006-08-03 11:38 x
はじめまして、覗き見はさせて頂いてましたが、コメントさせて頂くのは初めてです。
知らず知らず涙が自然と滲んできました。
素敵な人生の心にしみるお話、本当にありがとうございました。
闘病生活、もう少し頑張ってみます。<m(__)m>
Commented by antsuan at 2006-08-03 14:59
嬉しいです、セイロンベンケイさん。私の母とは一番気持ちが通じ合っていた叔母なのですが、喜びも悲しみも苦しみも分かち合う事の出来る深き愛を感じる事が出来ます。随筆を紹介せずにはいられませんでした。
Commented by antsuan at 2006-08-03 15:00
女性の心理はちっとも分からないのですが(苦笑)、優しさに触れなければやはり花を摘む気持ちにはならないのではないかと思うのです。
Commented by antsuan at 2006-08-03 15:01
なんだかな〜さん、初めまして。言いたい事が云えるブログって精神衛生上すごく好いですよ。闘病生活に焦りは禁物、頑張って下さい、応援します。