あんつぁんの風の吹くまま

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前方後円墳の意味するもの

 今、日本の古代史に興味を持ち始めています。それは自分の住んでいる近くに前方後円墳が二基有ることが分かって、何か古代人が身近に思えてきたからです。日本の古代も神話の時代が有り、それが今に繋がっていると思うだけで気持ちがワクワクしてきます。

 蘇我馬子の時に仏教を取り入れ、前方後円墳を築く慣習が廃止されるのですが、その最後の時代の円墳と方墳は、天皇に近い氏の墓が方墳で他の豪族のものが円墳であることが、今年に入ってほぼ明らかになったようです。

 となると、ここからは勝手な想像ですが、方墳と円墳が一緒になった前方後円墳はすべての部族の合同による葬儀の証ではないかと思うのです。そして、いろいろな前方後円墳の形が一定でないのは、埋葬された人がけっして同じ部族同じ氏の人ではなかったことを意味しているのではないでしょうか。

 つまりこの前方後円墳の形は、日本に王族間の争いはあったにしろ、何処かの王族が他の王族を征服して統一国家を築いたのではなく、互いに和を結んで統一国家を築いた証ではないかと思うのです。そう考えると八百万の神の神話もすんなり受け入れることが出来ます。

 そしてよく云われる卑弥呼と邪馬台国の場所ですが、日本国内の大乱が治まって王族同士が和を結び、九州の高千穂辺りに居た卑弥呼の王族が都を近畿の大和に遷した或いは遷しつつあった時期に大陸から使者が来た為に、卑弥呼は大陸からの使者に会わず魏志倭人伝の記述が不正確になったと云う説がもっともらしく思えます。

 とにもかくにも、前方後円墳の意味するところは、違う神を祀る民族が一緒になって国家を築いたと云うことであるとすれば、平和共存の象徴にふさわしく、それこそ世界遺産として残すに相応しいものであると思います。
by antsuan | 2006-05-28 23:04 | 思想・瞑想・時代考証 | Trackback(1) | Comments(5)
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Tracked from mitsukiのお気楽大作戦 at 2006-05-30 19:40
タイトル : 古代史を掘り起こそう
前方後円墳の意味するもの 同じエキサイトブログで相互リンクさせて頂いている、あんつぁんの風の吹くまま by antsuanさまが自宅近くの古墳時代の遺跡を訪れ、古代史の世界に思いを馳せ、前方後円墳とは違う神を祀る民族が協力して一つの国家を築いたことの証明ではないかという感想を御自分のブログに書かれたところ、どう読んでも史実と違っているとしか思えない匿名の批判文書が投稿してあったので、これはそのトラックバックです。 王族の和の象徴として、女である卑弥呼を長として奉り上げるのですが、その後、五...... more
Commented by mitsuki at 2006-05-29 06:06 x
古代の巨大建造物は実際にその場に行って見ないとそのスケールはわかりませんよね。そして、春夏秋冬と少なくとも4度通わなくては。
ご自宅の近くにそのような歴史遺産があるとはなんとも羨ましい限りです。
Commented by 未来を憂う民 at 2006-05-29 07:20 x
王族の和の象徴として、女である卑弥呼を長として奉り上げるのですが、その後、五王の時代と言われる長い歴史不明の時代を経て、突如大和朝廷が現れるのです。

大和朝廷は、日本征服を試み、九州に、出雲に、関東にと、兵を送り、その複数の隊長達の武勇伝を一つに纏めて、日本武尊の話とするのです。

大和朝廷は、征服した各地の風土記を基に、卑弥呼を天照大神とし、自分たちが最初からこの地に存在したかの様に見せかけるために、古事記を編纂させるのです。後に、神皇正統記として書き換えられたりもします。
天皇家の古式諸々が純朝鮮的だと言うことは、大陸からやって来た新型武装兵力だと言うことを証拠立てています。

だからと言って何うだと言うことではありません。唯、天皇家を神懸かりにして、民族の統一を図ろうとすることは、全てを有りの侭に認識し、その上で行動するという近代的思考と、何処かづれて居ないでしょうか。
Commented by antsuan at 2006-05-29 07:53
mitsukiさん、恥ずかしい話ですが歴史的なものが身近にあるのに殆どそういう所に訪れた事がない歴史の田舎者なのです。
Commented by antsuan at 2006-05-29 07:55
[未来を憂う民]さん、コメント有り難う御座います。古い歴史を自分なりに解釈してみたのですが、王族、部族がお互いの宗教を受け入れる寛容さこそが大和民族の出発点ではないかと。米国やイスラエルのように自国の民を纏めるために戦争をしている現代ですから、歴史を理解しているならば天皇を神懸かりにしても、それこそ和を尊ぶ者の知恵として許されると思うのです。山折哲雄氏の「日本文明とは何か—パクス・ヤポニカの可能」に書いてあるのですが、神と人と仏、つまり魂の過去と現代と未来の連続性を確立した日本人の死生観の原点を知りたいと思っています。
Commented by mitsuki at 2006-05-29 21:09 x
横レス失礼します。
未来を憂う民さん。
そういうことは匿名で言うべき事ではないんじゃぁないですか?
あなたの古代史観、興味しんしんです。
天皇渡来人説を盲目的に妄信なさっているようですが、それならば天皇のルーツになった系譜が朝鮮半島に存在しなければなりません。
私はそのようなものを見た事が無いのですが、当然ご存知なのでしょうね!
宜しければ拙宅まで御出でください!(今散らかってますけど)。