あんつぁんの風の吹くまま

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日本の栄光を見た


 今日は祖母の命日だったので、仕事を抜け出して鴬の鳴く寿福寺へ墓参りに行ってきた。祖母は横手の裕福な呉服問屋の末娘で、俳人の加賀谷凡秋を長兄にもち、その親友と結婚したのだった。帝国ホテルで挙式をして新聞にも載ったそうである。

 数えで二十、満十九歳の新婦は何も知らないまま夫のドイツ留学に着いて行く。もちろん洋行といえば船旅だった。サイゴン、ポンペイを経てスエズ運河を通り、フランスのマルセイユで先に留学していた凡秋夫妻が迎えに来てくれた。

 当時は第一次大戦のツメ跡がまだ残っていて、ヨーロッパの人々はみな貧しく日本の留学生の方が金持ちだったのだろう。下宿屋のおばさんは、夫がドイツやオーストリアの大学で研究している間、あちこち連れて行ってくれたのだが、あとで考えると、下宿屋のおばさんの方が娘のような留学生夫人を利用してちゃっかり楽しんでいたらしい。

 もちろん、休暇の時はフランスやスイスなどを旅行して歩いた。夫の方は金持ちの家系ではなかったが、金がなくなればいくらでも実家が手配してくれてカジノで夫や長兄がスッテンテンになっても心配なかった。

 留学を終えて帰路は、アメリカに渡り、ナイアガラを見て大陸横断鉄道で西海岸に出てそこから船で横浜に戻ってきた。文字通りの世界一周旅行をしてきた訳だ。

 横手の実家に洋服姿で帰るとまわりに人だかりが出来たという。太平洋戦争後、実家は没落したけれども、大学教授夫人として多くのお弟子さん達に慕われて過ごした。

 祖母からは日本の文明開化の栄光そのものを見ることが出来た。
by antsuan | 2006-05-19 19:47 | 身の回り・思い出 | Trackback | Comments(2)
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Commented by namuko06 at 2006-05-20 09:55
急激な日本の成長に世界を投影していた時代に生きたおばあさまの目には、たしかに日本の栄光が映っていたでしょうね。
Commented by antsuan at 2006-05-20 16:46
あのデカイ西洋人に臆する事無く、そして一人ひとりが日本をしょって立つ意気込みが昔の人にはあったように思います。