あんつぁんの風の吹くまま

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言葉は究極の文化

 いよいよ春です。しかし、今日は冷たい春雨となっています。

 再び、読売新聞「時代の証言者」の遊芸渡世 永六輔さんの話しです。彼が尺貫法を残そうという運動を昔からしていたのを知っていますが、考えてみると西洋文化と日本文化のきしみをはっきり理解していたのでしょうね。人々の暮らしがあって、それに合うような制度や法律が出来るべきであると述べています。そして、「おかしくなってきたこの国を目覚めさせるのはお金や数字ではなくて、やはり「言葉」です。」と締めくくっているのです。

 つまり「言葉」は究極の文化なのですね。
by antsuan | 2006-03-01 19:56 | 思想・瞑想・時代考証 | Comments(2)
Commented by knaito57 at 2006-03-02 12:49 x
同感。永六輔の言葉づかいの繊細・的確さには感心させられます。寺の子、浅草っ子、落語とのつき合い……下地はいろいろ思い当たりますが、“方言”に対する理解とスタンスにも敬意を抱きます。で、唐突ながら井上ひさし。ふたりに共通するのは、すぐれた「言葉の遣い手」であり「本物の文化人」であること、つまり人間性でしょう。★政治家の言葉づかいは言うに及ばず、わたしはスポーツ娘の貧しく品のないそれに、テレビのチャンネルを替えることしばしばです。かといって語彙が豊富ならいいとも一概には言えず、言葉が“文化”を感じさせるには話し手の“態度”が問題なのだと思います。それにつけても、幼な子に言葉を与える母親の役割の尊さに畏敬の念を感じます。
Commented by antsuan at 2006-03-02 21:31
母親の愛こそは本物の文化人になる源なのでしょうか。それが広がって、家族愛になり、郷土愛になり、祖国愛になり、文化が形成されるのでしょう。井上ひさし氏も愛に充ち満ちている文化人ですね。