あんつぁんの風の吹くまま

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右左日本文明論 三章

第3章
 それでは何方も滅びることなく共存してきた理由は何だろうか。神教は八百万の神々がいる。仏教では人が死んだら仏、つまり神になる。神が一つしか居ないとなれば其れは当然争いになるが、神が沢山いるとすれば棲み分けすることは可能だ。仏教と神教の共通点は霊魂にあり、其の霊魂を祀る役割をうまく分離することにより共存してきたのではないかと考えるのである。

 意識的にやったのか、あるいは自然にそうなって行ったのかは分からないが、仏教は霊魂があの世へ行く時の儀式を司り、神教は神(霊魂)が現世にいる時のことを司るように、棲み分けしたのではないだろうか。ちなみに神は現世にはいつも居ないのが普通なのだ。

 神社は、自然の脅威の中に神をあるいは怨霊を見て、それを鎮めあるいは感謝する場所である。もう一つの寺は、人間があの世でお世話になるときのことを考えて祈る場所である。知っていると思うが、皇室にも菩提寺があるのだ。何という見事な棲み分けだろう。

 この見事な棲み分けは文明と称するに価値のあるものだと思う。そしてこの神仏の共存こそが、平和への源泉であると世界に主張したいところだが、山折氏は、またもここで問題を提起しているのである。正直言って不満が残るところであるが、それは明治維新において神仏分離を断行したからだ。
  (つづく)
by antsuan | 2005-04-19 05:41 | 思想・瞑想・時代考証 | Trackback | Comments(0)
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