あんつぁんの風の吹くまま

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靖国問題の解決方法

 今日は冬至です。そして明日は天皇誕生日なのですが、同時に明日は巣鴨プリズンでA級戦犯が処刑された日でもあります。どういう訳か米国人は好んでこういうイヤらしい事をするのです。歴史の浅い国民の醜い面です。ドルショックといわれたドル紙幣と金の交換をやめた日も、わざわざ八月十五日を選んで発表されました。はっきり言って相手の感情を逆なでする事を好む性格があります。

 チャイナも同じ事をする傾向にありますが、教養ある日本人は不愉快に思ってもそれ以上事を荒立てる事をしません。報復が報復を呼ぶ事を歴史の上で学び取っているからです。

 日本には昔から鎮魂の精神があります。過去の事を忘れるのではありません。水に流すのでもありません。そういう鎮魂の気持ちを表す手段として、明治以降では、戦争で亡くなった方を靖国神社へ祀ってある訳です。このことで戦勝国や第三国に文句を言われる筋合いは全く無いのですが、国際的な政治問題にしてしまったのは今の政治家に責任があります。

 鎮魂の意味を持つ靖国神社の存在に肯定的な人々も政治問題にしてしまった今の政治家の対応には批判的です。しかし、梅原猛氏や山折哲雄氏のような哲学者や思想家、さらには上坂冬子氏のような評論家は、何とか靖国問題を解決し静かな鎮魂の場に戻るように、この問題に対して提案をしています。それは信仰の対象から外す手段の模索と言っていいかも知れません。具体的な提案はなされていないようですが、明治政府が、江戸時代まで続いてきた神と仏の共存を否定する廃仏毀釈をして、神と政治を直結してしまったことに、問題の種が潜んでいると云うのです。

 成る程と思いました。其処まで分かると問題の解決はそれほど難しくないでしょう。つまり神仏習合の昔の例に倣い、靖国神社を神社から神宮寺にしてしまえば良いのです。鎌倉の鶴岡八幡宮だって、排仏毀釈の前は宮寺だったのですから。寺であれば戦死した人であろうと、処刑された人であろうと其所に霊魂が納められていてもなんら問題ないはずです。
 
 政治的外交的な問題になってしまった靖国神社ですが、今一度、日本人は戦死者と戦争受難者に対して鎮魂のあり方を、昔の人の知恵を参考にして見直してもよいのではないでしょうか。
by antsuan | 2005-12-22 19:10 | 思想・瞑想・時代考証 | Comments(0)