あんつぁんの風の吹くまま

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右左日本文明論 二章

第2章
 言うまでも無く、宗教という文明において重要な位置を占める思想のぶつかり合いが、歴史上数多く繰り返されてきた。しかしフランスの哲学者レヴィ=ストロースは、日本を「神話から歴史への移行がごく自然に滑らかに行われた」と称し、神話から歴史の間に深い淵で隔てられている西洋と比較して、日本文明を評価するのである。

 此れは宗教の衝突が無かったか、又は其の衝突をうまく克服したことを意味するのだと思う。「古事記」から「日本書紀」そして「天皇制」へと絶えることの無い、神教の継承が今尚続いているのである。しかし知っての通り、仏教伝来の時には大きな危機に直面したはずである。何故神仏が共存できたか、其の答は一つではない。

 山折氏のこの辺の分析について、残念ながら自分は消化しきれていないところがあるが、独断するならば、神教は「古事記」にあるように神々が集まって話し合う宗教なのである。従って、聖徳太子はここで仏教を政治的なものとして受け入れ、ある意味で政教分離を確立させたのではないかと考える。同じ神と見做さなかったわけだ。神話があったからこそ出来た業であったのだろうと思わずにはいられないのだ。

 歴史を見てみると、宗教としては仏教の力が強くなったときに日本は争いの時代となっていることに気付くであろう。鎌倉時代には新しい仏教がもたらされ広まっていった。そして比叡山の延暦寺、高野山などの勢力となって政治に関与し始め、織田信長により、其の勢力は完璧に滅ぼされた。江戸時代には仏教はもはや神教と同じくして儀式的なものにしか過ぎなくなっていくのである。しかし、二つの宗教が共存していたことには変わりない。
  (つづく)
by antsuan | 2005-04-18 00:46 | 思想・瞑想・時代考証 | Trackback | Comments(0)
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