あんつぁんの風の吹くまま

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米国のデモクラシーは1964年に死んだ

 一九六四年といえば、東京オリンピックが開催された年です。日本が敗戦から立ち直った年といっても良いでしょう。

 しかし、アメリカ合衆国にとっては、没落が始まった年といえるのではないでしょうか。

 日本に理想郷を創ったマッカーサー元帥が四月に亡くなり、大東亜戦争はルーズベルト大統領が仕掛けた戦争である事を知っていたフーバー元大統領が東京オリンピック開催中に亡くなり、そして、現職のケネディ大統領が暗殺されたのは十一月下旬でした。

 今から振り返ってみると、ケネディ大統領暗殺は、ジョンソン副大統領と軍部、それにFBI(連邦捜査局)によるクーデターであった事は容易に推察出来ます。

 つまり、この年に「米国の良心」が死んだのです。

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正義と博愛の満ち溢れる社会を目差して

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by antsuan | 2016-08-30 07:06 | 思想・瞑想・時代考証 | Comments(2)
Commented by cocomerita at 2016-09-01 18:01
Ciao antsuan
一人の政治家が彼の理想に沿って その良心を貫こうとは、したのかもしれませんが
欧米列強国を始めとして
米国が国家として良心的だった試しなどありませんよ
国家と言うものが 自国の利益のためなら 他国の人権は無視しても、それが良心と見なされるのであれば
話は違ってきますけど
Commented by antsuan at 2016-09-01 23:43
・cocomeritaさんの主張に間違いはありません。

そこで、我々日本人が再認識しなければならないのは、「神の下の民主主義」とは「国家と言うものが自国の利益のためなら他国の人権は無視しても、それが良心と見なされる」というものなのです。

このような、矛盾した良心(間違った愛国心)の国家が何百年も同じ形で存続するのは、歴史が証明しているように、不可能です。

国々が安泰であり続けるには、それぞれの国の神の共存が必須条件です。かつての日本がそうであったように。