あんつぁんの風の吹くまま

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国家が貧しかった時代を忘れないようにしたい

 人々が国家のことを考えないで生きていける時代は来るのでしょうか。多分もう来ないと思うのです。これだけ地球が狭くなり、例え世界が平和になったとしても、国家という枠組みは無くならないでしょう。その中で、国家間のことについて若者達がしらけの時代を通りすぎて無関心になってきていることに、非常に危惧の念を禁じえません。本当は無関心ではないと思うのですが、あの学生運動を青春まっただ中に見てきた者として物足りなさを感じるのです。

 このもの凄い勢いでブログが発展しているのを見ても、若い人が皆しっかりとした目で世の中を見つめている証拠でしょう。しかし、若いときは往々にしてプロパガンダを鵜呑みにしてしまいます。元々偏向のない情報など無いといって良いでしょう。となると、社会人になって、いや大人になって社会で生きていくときには、やはりもう一度、自分が身に付けている情報について確認する必要があると思うのです。

 マスメディア、報道機関のあり方、その問題点については数多くの他のブログで取り上げていますので、ここで敢えて述べることはしませんが、情報というモノが権力者によって操作されやすいものだという認識を今一度しっかり持っておく必要があると思います。

 過去に国家の責任に係わる多くの人々の「無駄な死」がありました。しかし、その死を本当に無駄なモノにするかどうかは、後世の人々の歴史を学ぶ心によって違ってくるのです。祖先の人々は厳しい時代を必死に生きて来たのです。是非、国家が貧しかった時代に生きた人のことを、この豊かで平和な国の若者にしっかりと見つめ直して欲しいと思います。

 また、お尻を拭く紙がなかった時代、飯を毎日食べられなかった時代、着るものもなく風呂にも入れなかった時代は、ほんの一昔だったことをキチッと伝えるのが、今日の老人の責務であると考えます。
by antsuan | 2005-12-10 11:29 | 思想・瞑想・時代考証 | Comments(0)