あんつぁんの風の吹くまま

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今日は官僚腐敗の記念日です

 今日は言わずと知れた真珠湾攻撃による日米開戦の日です。しかし、先に「言わずと知れた」と記しましたが、どうやらそれは正しくないようで、「知る人ぞ知る」と言った方が適切な時代になったようです。終戦の日も知らず、ましてや日本が米国と戦ったことも知らない日本人がそれも最高学府を出た人でもいるそうです。お茶の水女子大の教授が言うのですから本当でしょう。

 この日は、ワシントンの日本大使館の重大な不手際により、日本人が卑怯者のレッテルを貼られてしまった日なのです。もしこの不手際がなかったら、戦争はそんなに長引かなかったかも知れない。当時、戦時国際法をどの先進国よりも遵守していた日本が、この不手際によって世界の悪者になってしまいました。

 本来ならば、野村駐米大使は腹を切るべきであったのです。それほど重大な不祥事であったのに、暗号電報解読に手間をとったせいにして、外務省は事実を今なおひた隠しにしています。

 昭和史に詳しい渡部昇一氏によりますと、現地ワシントンの十二月六日は日本に帰任する大使館員の送別会があって、殆ど全員がそれに出席していて大使館を空にしていたのだそうです。これから重大な電報を送るから遺漏なきよう対処するようにという電報は封をしたまま開けられず、七日(日本では八日)の日曜日の当日になって、当直の大使館員が出勤し、郵便物(至急電報)が溢れているのを不審に思ってそれを解読して、慌てて非常招集をかけて電報を解読したと言うのが本当のところのようです。

 野村大使は海軍大将だったはずです。ことの重大さに動転したなんて言い訳は通用しません。この電文が何を意味するか分かった以上、それを相手に渡す時間を命を懸けて守らなければならない立場に在った人物です。例え清書していなくても、表書きだけでもよいから指定の時間に渡すのが大使の使命であったのです。

 このように、日本の外務省はその当時から地に落ちた腐敗した存在だったのです。従って戦争終結のために命を懸ける気持ちなんてなくても当然だったと思います。結局、戦争終結の手引きをしたのは海軍出身の鈴木貫太郎内閣でした。

 あの時代から外務省は国を、国民を守る使命を放棄していたのです。軍人と云う官僚が腐敗し、外務省官僚も同様であれば、国が滅びるのは必然のことでありましょう。我々日本国民はこの日を官僚腐敗の記念日として歴史に刻みつけるべきではないでしょうか。
by antsuan | 2005-12-08 16:15 | 思想・瞑想・時代考証 | Trackback(1) | Comments(0)
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