あんつぁんの風の吹くまま

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八月十五日の終戦記念日を『アジア解放記念日』として祝日と致しましょう

 いよいよ季節は夏になりました。

 日露戦争から七十年後といえば、昭和五十年です。わたしが二十五才の時でした。その当時の人は、昭和五十年を日露戦争から七十年の節目の年として大騒ぎしたでしょうか。

 今から思えば大騒ぎするべきだったと思います。

 何故ならば、有色民族国家の日本が白人の帝政ロシアに勝利したことは、世界中の非白人たちに希望をもたらした、天変地異以上の大事件だったのですから。

 その希望の光をアジアの人達が目の当たりにした事件が大東亜戦争だったのです。

 しかし、戦後七十年も経てばそういう生き証人は殆どいません。

 幸いにして、わたしには大東亜戦争中に司政官としてジャカルタ医科大学付属病院に赴任し、原住民の医学教育に力を注いだ、祖父という生き証人がいました。ですから、日本軍が世界に類を見ない高貴な軍隊であったことを信じていました。


 英国人ジャーナリストが明かす東京裁判七〇年の虚妄 戦争犯罪国はアメリカだった! ( ヘンリー・S・ストークス 著 藤田裕行 訳 )より抜粋
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 皮肉なことに、チャイナや韓国の指導者に歴史を省みることを促されたお陰で、歴史の真実が次々と明らかにされてきました。

 アジアの諸民族が、昭和二十年八月十五日を期に、次々と独立を宣言して実際に独立を勝ち取った事実は、戦後の日本人が見てはいけない真実でありましたが、今では他のアジア民族にとって、あの日こそ希望の光が虹となって輝いた日であったことがはっきりしています。

 そのような歴史の真実を省みれば、八月十五日は終戦記念日として黙祷を捧げるより、アジア解放記念日として祝日とする方が、靖国神社に祀られている英霊に対する、最高の鎮魂となるに違いないと思い至るのです。



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by antsuan | 2016-06-01 19:30 | 思想・瞑想・時代考証 | Comments(0)