あんつぁんの風の吹くまま

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三島由紀夫が事件を起こした時、わたしは護衛艦「あきづき」の水兵だった。

 この本の著者ヘンリー・S・ストークスは、「三島由紀夫の霊がこの本を書かせた」と、あとがきに書いています。

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 三島由紀夫は川端康成に次ぐノーベル文学賞候補として名を馳せていましたが、あの当時の日本は、今よりも反戦機運が強く、日米安保条約反対運動やベトナム戦争批判などに、若者たちが立ち上がっていました。

 そうした若者たちの気持ちに共感しつつも、わたしはより強い愛国の情を心に抱いていましたので、軍国主義を思わせる愛国精神をもつ三島由紀夫を尊敬していました。

 ですから、一浪して大学受験に失敗した時、躊躇なく海上自衛隊入隊の志願をしたのでした。

 あの十一月二十五日、わたしの乗っていた護衛艦隊旗艦あきづきは、南極の昭和基地に赴く砕氷艦ふじを見送るべく、横須賀港を出港しました。

 間もなく艦内放送があり、三島由紀夫率いる楯の会が陸上自衛隊の市ケ谷駐屯地で反乱を起こしたが、鎮圧される模様であることと、場合によっては、このまま東京湾に入り晴海沖で事件の様子を窺うが各員冷静に行動するようにとの、艦長の訓示がありました。そして静かに弾薬庫の扉が開けられたのです。

 その時わたしは、二・二六事件の際、戦艦長門を、いつでも水兵を上陸させられるように、晴海沖で砲塔を霞が関に向けて待機させていた、海軍のとった行動を思いだして、血気に逸る気持ちを抑えられませんでした。

 しかし、同時に、芝居じみた三島由紀夫の行動に、嫌悪感と失望を強く感じたのでした。

 そして、自分自身の愛国心が果たして昔の特攻隊員の愛国心とおんなじなのか自信が持てなくなって しまい、上官に除隊願いを申し出て、翌月に基地を後にしました。

 ある意味、三島由紀夫がわたしの人生を狂わせたのです。

 しかし、この英国人ジャーナリストが明かしたように、真の戦争犯罪国は米国であり、そのことが日本においても認知されるようになった今、あの事件は、わたしの人生を狂わせたのではなく、わたしを正しい方向に導いてくれたのではないかと思うのです。




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by antsuan | 2016-05-05 00:21 | 情報通信・パソコン | Trackback | Comments(2)
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Commented by mimizu-clone at 2016-05-05 20:29
あんつぁんの思想というか、まあついていけないと思うことは少なくないのですが、でも僕はあんつぁんを否定する気になれません。
何て言えばいいのかわからないのですが、純粋?
たとえ間違っていても、それは人の心を動かすものだと思います。
十年前、僕はコメントで特攻隊を犬死にと書きましたが、あの人たちの魂までそうだったなんて思っていません。
Commented by antsuan at 2016-05-05 22:01
・純粋と云うか単細胞というか。(笑)

三島由紀夫の愛国心に共感していたので、あの事件で自分を失ってしまった感が大いにあります。
立ち直るのに相当時間がかかりました。

でも護衛艦に乗ったからこそ、雲の墓標が見え、水漬く屍を身近に感ずることが出来たと思っています。