あんつぁんの風の吹くまま

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古墳のある桜山を眺めながら春を味わう

 桜が満開になりましたが、未だまだ肌寒く、海に出ても、帆走を楽しむまではまだ早いように感じられました。

 しかし、寄港する頃には青空も見え始め、桜山といにしえから謳われている前方後円墳が二基ある山も、山桜で全体が白い霞に覆われているようでした。

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 その桜山の古墳ですが、完成した頃は積み上げられた石の輝きで遠くの海からも確認出来る、灯台の役目を果たしていたのではないかと思われます。

 さて、積み上げられた石に何か意味があるかと調べているうちに、ブログの『気になるニュース』の記事が目に留まりましたので紹介します。


気になるニュース より引用
 『君が代』

 古今和歌集の「賀の歌」の最初にあるとの事で、医療の発達してない時代は何が一番おめでたいというと、年齢を1つ積み上げる事でした。
 
 正月に氏神様に年齢を重ねる事が出来た感謝のお墓参りに行った帰りに、族長(血統の長)の家に集まって歌合わせの会を行い、その時に我子の長寿を願って歌われたのが「君が代」のもとになっていますとありました。

歌(行替えなしで入れさせて頂きます)

 1番*わがきみは、千代にやちよに、さざれいしの、いわおとなりて、こけのむすまで

 2番*わたつみの、はまのまさごを、かぞえつつ、君がちとせの、ありかずにせん

 3番*しほの山、さしでのいそに、すむ千鳥、きみがみよをば、やちよとぞなく

 4番*わがよはひ、きみがやちよに、とりそへて、とどめおきては、思ひいでにせよ


 訳…『 愛しい愛しい我子よ。何年も何年もずっとずっと長くこの家と共に無事に生きてください。我家の入口のそばに小石の山が積んであります。それが大きな岩の帆のようになっています。先祖代々、小石を自分の命、家の命と思い、こんなに大きくなるまで積み上げて参りました。あなたはこのたくさんの石の数の寿命があります。だからたくさん長生きできます。そして岩帆に苔ができるようになるまで、誰にもこの家を荒らされずに、平和に、そして無事に生きてください』と言いながら、母親はお参りの帰り道に拾ったひとつの小石を我子の寿命のひとつと思い、ていねいに愛情をこめながら積み上げていったのだろう。

 1番は我子の寿命だけでなく、族長の家の繁栄無事をも歌っています。
 
 山の頂上や河原に石が高く積んであるのを見た事がありますよね。岩帆とはそれをもっと大きくしたイメージです。その頃の生活道路は石がごろごろしていて、住民は家の前の道の石を取り除き、それを高く積み上げていたのです。その岩帆に苔がむしているという事は、その家が昔から戦争もなく繁栄している事を意味します。
 
 2番はこの海の砂1粒1粒は我子の1年1年。この砂をお母さんが今から数えますよ。だからあなたは私が数えた砂の数だけ生きておくれと言いながら、母親は砂を1粒1粒ではなく、一塊をつかんで砂山をつくり、それを何度も何度もくり返し、これで数千年は我子の命は大丈夫と安心するまで数えたに違いない。
 
 3番は死骨の山=死んだ人の骨の山が埋葬されている山に昔から住んでいる千鳥や早瀬出の磯=死んだ人を流す潮の流れの早い磯に、昔から住んでいる千鳥が来てちよちよと泣いているのが聞こえますか?人の寿命を知っているあの千鳥があなたの寿命はたくさんたくさんあるよと鳴いているのよと言いながら、母親は我子の寝顔をやさしく見つめた。そしてまた千鳥の鳴き声が聞こえてくると嬉しそうな安心した笑顔を見せたにちがいない。
 
 4番は私の寿命の分もあなたに差し上げますよ。神社で長寿を願う私のお札(ふだ)をあなたのお札(ふだ)にくっつけておきましたよ。だから私の分まで長生きしてくださいね。そして長生きしてそのお札(ふだ)を神社で発見する事があったら私の事を思い出してね。

 1番は陸、2番は海、3番は空、4番は神を歌い、共通のテーマは長寿、共通単語は「千」です。後世、この歌から「千歳飴」ができたんですよ。特に1番は江戸時代まで正月や結婚式やおめでたい席やお祭りでは必ず歌われていた歌です。

 長寿と家の繁栄、平和、無事を願って歌われたのです。



>○○さんへ

 君が代については諸説ありますが、「君が代」と書いてはいけません。

 元は「きみがよ」です。

 結婚式の祝い歌で歌われていたのが、日本の国家になったというのが有力な説になっています。

 大和言葉で、「おきな」「おみな」と言うのは、男と女を表しています。

 「きみ」とは、お”き”な・お”み”なの、「きみ」を取って、夫婦の事を表す言葉です。なので、結婚式の祝いの席にうたわれていたのです。

 「君」は天皇陛下を表すという方がいますが、古くから結婚式で歌われている歌が、天皇を指すはずもないです。

 日本人なら、この感覚は至極真っ当な感覚だとご理解頂けるでしょう。

 日本に潜入している中国系等が、漢字をあてはめたくて仕方がないという事です。沖縄の選挙で万単位で住民が増えるのもその影響です。


ソース:余命三年時事日記 2016年3月3日  http://yh649490005.xsrv.jp/public_html/2016/04/03/559-2016%e5%b9%b44%e6%9c%882%e6%97%a5%e6%99%82%e4%ba%8b/#comment-5877
    


 このブログの記事を読む限り、桜山にある二基の古墳は、ヤマトタケルと走水の海に身を投じたオトタチバナヒメのものであり、その物語からして、まさに「きみがよ」の原形となっているのではないかと感じざるを得ません。




[祈りとは自然との対話のこと 
 こころで尋ねれば こころからの答えがもらえる]

by antsuan | 2016-04-04 20:19 | 自然・ブルーウォーター・競技 | Trackback | Comments(0)
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