あんつぁんの風の吹くまま

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いまも昔も日本は国際結婚が華やか。 それは文明国の証し。

 日本の歴史を検証してみると、大和飛鳥時代の日本は、当時の世界文明においてけっして引けを取らない、先進国であったことが分かります。

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 あの当時に、日本は朝鮮半島に派兵する力量を持っていたことからして、既に日本と朝鮮半島それに支那大陸との往来は活発であったのは間違いありません。

 歴史教科書には遣隋使を支那の進んだ文明を後進国の日本が積極的に取り入れようとしたためと書かれていますが、事実はその逆であると見てよいでしょう。

 確かに、支那は文字や律令などの国を治める事については進んでいたでしょうが、渡航技術や鋳造技術、土木技術においては日本の方が優れていたのです。

 銅鏡が日本でも盛んに作られていたことからもわかるように、あれは儀式のための単なる鏡ではなく、旅をするために必要な羅針盤であったのです。

 逆に言えば、当時の日本人は盛んに旅をしていたことの証明と云えるのです。

 当然の事として、他の民族や他の部族との交流も盛んに行なわれ、今で云う国際結婚は特に大げさなものではなく、一般的でありました。

 そのことを頭に入れて日本の歴史を考察すれば、出雲の部族や蝦夷の部族が古来からの日本の原住民であり、天皇の部族といえる大和民族は、渡来人との混血で成り立つ、新しい部族であったと云えるのです。



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by antsuan | 2016-02-28 21:12 | 思想・瞑想・時代考証 | Trackback | Comments(2)
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Commented by sweetmitsuki at 2016-03-01 03:56
そういえば四角い銅鏡を見たことがありません。
中世になってポルトガルから伝来したガラスの鏡は、姿見と呼んで丸い金属の鏡とは別物扱いしていたようです。
鏡は鑑とも書き、違う意味の言葉なのに、同じ「かがみ」という言葉を使うのも不思議ですね。
Commented by antsuan at 2016-03-01 20:16
・そうでしょう。物を映す鏡だったら、いろんな形のものが作られていたはずです。丸いのと縁にギザギザの模様が必ずついているのは理由が有るのです。
前方後円墳だって、諸外国への国威を示すものとして創られたとみるのが自然でしょう。