あんつぁんの風の吹くまま

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白隠禅師座禅和讃を唱えた日々

 大学時代、縁あって白隠禅師の松蔭寺に下宿したことがあります。ここにはプロ野球巨人軍の川上哲治監督が九連覇している時代に座禅を組んだ禅堂があります。和尚に強制されたことは一切ありませんでしたが、その禅堂で座禅を組み、白隠禅師座禅和讃を唱える日々を過ごしました。

   東京新聞より抜粋
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 修業をする気で下宿したわけでもないので、当然、悟りの境地などには全く至らなかったのですが、この新聞を読み、白隠さんは悟りを開こうが開くまいが精進することの大切さを説いて居られたことに、今、気がつきました。
 
白隠禅師坐禅和讃  ウキペディアより抜粋

衆生本来仏なり 水と氷の如くにて
水を離れて氷なく 衆生の外に仏なし
衆生近きを知らずして 遠く求むるはかなさよ
たとえば水の中に居て 渇を叫ぶが如くなり
長者の家の子となりて 貧里に迷うに異ならず
六趣輪廻の因縁は 己が愚痴の闇路なり
闇路に闇路を踏そえて いつか生死を離るべき

夫れ摩訶衍の禅定は 称歎するに余りあり
布施や持戒の諸波羅蜜 念仏懺悔修行等
そのしな多き諸善行 皆この中に帰するなり
一座の功をなす人も 積し無量の罪ほろぶ
悪趣何処にありぬべき 浄土即ち遠からず
かたじけなくもこの法を 一たび耳にふるる時
讃歎随喜する人は 福を得る事限りなし

況や自ら回向して 直に自性を証すれば
自性即ち無性にて 既に戯論を離れたり
因果一如の門ひらけ 無二無三の道直し
無相の相を相として 行くも帰るも余所ならず
無念の念を念として うたうも舞うも法の声
三昧無礙の空ひろく 四智円明の月さえん
この時何をか求むべき 寂滅現前するゆえに
当所即ち蓮華国 この身即ち仏なり
 



       *  *  *

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by antsuan | 2016-01-23 12:52 | 文学・教育・科学・医療 | Trackback | Comments(0)
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