あんつぁんの風の吹くまま

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寿福寺の仁王様

 ここ葉山は古都鎌倉に近い事もあり、またお墓も鎌倉五山の一つ寿福寺にあるので、鎌倉にはしょっちゅう行くのですが、灯台下暗しの例え通り、鎌倉の神社仏閣については本当のところ殆ど知りません。

 しかし、知の冒険学者梅原猛氏の話にあった「神仏習合」の事が気になり、鎌倉の鶴ヶ岡八幡宮の事をインターネットで調べてみました。以前、法事の時に寿福寺の和尚様から話をお聞きする機会があって、鶴ヶ岡八幡様はもともとは宮寺であった事、それが廃仏毀釈によって仁王門などが取り壊され、仁王様が寿福寺へ歩いてこられた事などは知っていました。寿福寺の本堂でも何度か参拝した事がありますので、そこに仁王様が立っているのも知っています。

 しかし、大政奉還がなされ天皇に政権が遷ったのにも係わらず、わざわざ廃仏毀釈をして神と仏を分ける必要が何故あったのかが今一つ理解できないのです。京都辺りの学者が靖国神社への公式参拝に反対するのもこの辺の理由も関わっているようです。

 本来「死者」を祀る事は寺社の仕事であったはずです。戦没者であっても古来の考え方からすれば神社に祀るべきものではないようです。神社は怨霊の祟りを鎮めるために建てられていて、西南の役で倒れた敵方である西郷さんを祀った西郷神社などが正しい神社のあり方なのでしょう。
 
 今、皇位継承問題で、明治維新後の天皇制についても丁度見直される時期に来ています。併せて神仏習合の理念を復活してもよいのではないかと思うのです。もちろんその中にはアラーの神もキリストの神も含んでいいのではないでしょうか。
by ANTSUAN | 2005-11-26 13:34 | 思想・瞑想・時代考証 | Trackback | Comments(0)
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