あんつぁんの風の吹くまま

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憂国の情はペルソナの心

 今年で三島由紀夫が自衛隊の基地内で割腹自殺をしてから三十五年が経つ。一時はノーベル文学賞の候補者として持て囃された彼も、文学界の人から見ればとっくに化けの皮がはがれていて、今から見れば高級タレントの範疇でしかなかったのだが、その彼の表向きの愛国心に、私は大いに共鳴していたのだ。どうして自分がこんなに愛国心が強くなったのか分からないが、キリスト教系の小学校に通っている頃から、神の愛よりも愛国の気持ちの方を良く理解していたと思う。

 昭和四十四年、この年は学生運動のあおりで東大紛争が起き、東京大学の入学試験が中止になったのだが、六十年安保闘争から七十年安保まで学生運動が最高に盛り上がった時代である。間違いなく彼ら学生は愛国心をもって米国の傀儡である日本の政府を攻撃したのだ。そういう学生と真っ向から議論を戦わせる三島由紀夫の姿に尊敬に値する人物と想いを寄せ、その後一浪したのち、たいした大学ではなかったが受験に失敗するや愛国心の証として進んで自衛隊に入隊した。

 練習隊を無事修業し、横須賀に在る護衛艦隊旗艦「あきづき」に配属されてようやく勤務に慣れてきた頃のことである。艦隊は砕氷艦「ふじ」が南極観測に出発するのを洋上で見送る目的で横須賀港を出港した。乗組員は登舷礼式の準備のために正装に着替えをしている最中だった。艦内放送でNHKのラジオ放送が流れたのである。私は砕氷艦「ふじ」の見送りの式典でも放送しているのだろうとしか思わず気にも留めなかった。しばらくして艦長自らマイクで、三島由紀夫が自衛隊総監部で反乱を企てたこと。事件が大きくなるようなことはないので予定の任務につくことを、部隊に連絡した。

 正直言って信じられなかったが心の中は落ち着いていた。艦内に慌ただしい動きはなかったけれども速力は増し、いつでも晴海沖に駆けつけられるように準備は怠りなかった。密かに弾薬庫も開けられていたようである。いざとなれば二・二六事件の連合艦隊のように晴海沖へ終結し、五インチ砲を市ケ谷の総監部に向けていたことだろう。

 館山沖で「ふじ」を見送った頃に事件は終結したとの連絡が入った。しかし、三島由紀夫が割腹自殺をしたというこれまた衝撃的な結末を知らされた。何故そんなことをしなければならなかったのか。私の心はその不可解な結末に動揺した。反乱を企てたことよりも割腹自殺をしたことに嫌悪感をもよおした。反乱を起こして割腹自殺など不謹慎もいい加減にすべきだと思った。始めから割腹自殺をするのならばまだ分かる。それは抗議行動として世に理解されるだろう。しかし、反乱を起こして割腹自殺をするなど身勝手と言うほかはない。

 私は自分の愛国心をひどく傷つけられたような気がした。三島由紀夫の止むにやまれぬ事情があったのだろうといろいろ考えたけれども納得できなかった。翌朝、基地の近くの駅で朝刊を買いまくって手当たり次第に記事を読みあさった。どの新聞だったか忘れたが、作家で精神科医のなだ・いなだ氏の談話に目が止まった。「彼は単なる割腹自殺願望のマゾヒストでしかありません」、一刀両断の明確な診断だった。「憂国の情」はペルソナだったのだ。三島由紀夫は作家になったときから仮面をかぶり、その仮面をはがされるのを恐れ、その内なる恐怖に負けていない自分を見せるために割腹自殺を選んだのだ。

 自分の愛国心も弱さの裏返しでしかないのかも知れない。自衛艦に乗って三食昼寝つきの船旅を楽しんでいる姿は、本当の自分から逃避しているように思えてきてならなかった。

 私の除隊願はすんなり認めてくれた。水兵として半人前でしかなかった挫折感と自分の愛国心への裏切りに、心は晴れなかったけれども確かな足取りで静かに基地の門を後にした。その時、一冊の本を閉じるように自分の一つの時代が終わったと感じた。
by antsuan | 2005-11-05 18:32 | 身の回り・思い出 | Comments(4)
Commented by knaito57 at 2005-11-07 21:48 x
いつも勉強させてもらってます。それにしても「あんつぁん」は一筋縄ではいかない仁ですね。私は三島を好きではなく「なだ・いなだ」の見解にうなずくのですが、近年「三島はただ老残老醜をおそれるあまりあのような選択をしたのでは……」と思い当たり、少し理解できるような気がしています。
Commented by antsuan at 2005-11-08 14:03
Knaito57さん、いつも有り難うございます。古くさい文体を使っただけで日本文学と称していた三島文学には正直、私も共感できませんでした。ただタブーだった愛国心をどうどうと主張する彼の姿に魅了されてしまったのだと思います。あの事件がなかったら熱にうなされたまま別の世界の人間になっていた事でしょう。
Commented by akaboshi07 at 2005-12-06 17:26
とても興味深く読ませていただきました。
当時のなだいなださんの発言は、
けっこう鋭いところを衝いているのではないかと感じます。
僕も三島氏の「憂国」的な文章や発言は、どうもリアリティーとして感じられないのです。
わざと「わかりにくく」語っているような気がして。
自決の時の檄文も、あんなにわかりにくい文章では効果も半減です。
本当に主張したいのだったら、もっと上手くPRできたはず。作家なのだから。

「自分の愛国心も弱さの裏返しでしかないのかも知れない。」
・・・上の文章のantsuanさんのこの言葉、印象に残りました。
Commented by antsuan at 2005-12-06 18:23
コメント有り難う御座います。大変失礼かとは思いますが、akaboshi07さんのブログを拝見しておりますと、無理にご自身の精神分析をしているのではないかと感じることが有ります。私はポルノ作家と云われた梶山季之氏が好きです。彼は性に対してオールラウンド的な立場をもち、どんな人にも愛情を注いでいたように思うのです。私もこのぎすぎすした人間社会が時々いやになるのですが、その時、自然の中の自分を確かめるために海に出ます。自然は女子供などの区別はしませんからね。
と、いつも勝手なことを書いておりますのでご意見をお寄せ下されば幸いです。