あんつぁんの風の吹くまま

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靖国問題を解決する方法

 靖国神社参拝は政教分離の問題だけではなく、A級戦犯つまり東京裁判の問題でもあるので少々複雑化していますが、やはり戦後六十年も経ち、当時を知っている人が少なくなっている中で、歴史が外圧によってだんだんと歪められて来ているように思えて仕方がありません。

 まず、東京裁判において処刑された人を靖国神社に合祀することは、独立した日本国議会において超党派で決議されたことであり、それを今更議論するのならばその国会決議に異議を唱えることからしなければならないのです。つまり日本国においては東京裁判が不当なものであったことをこの決議によって明確に表明しています。

 次に政教分離の問題ですが、これの解釈を間違えると聖徳太子以来日本において守られてきた政教分離思想がひっくり返ってしまうことになりかねないと思うのです。

 日本の文化が野生動物的なものから脱皮して人道的なものになった理由は、偏にこの政教分離思想が大和朝廷時代に確立したことにあると考えています。この政教分離思想というのは「宗教が政治に関与しない」という約束の確立といってもよいでしょう。なんと欧州がそれを確立する何百年も前に大和民族はそれを受け入れていたのです。

 その逆ではないのです。「政治が宗教に関与しない」という考えでは決してありません。これは欧米の政教分離の原則も全く同じです。それを理解すれば靖国神社参拝問題は解決します。政治家が神社や寺に参拝することはなんら問題ないわけです。

 しかし、政府はいつまで八月十五日に戦没者追悼記念式典をやる気でいるのでしょうか。天皇陛下が靖国神社へ参拝すればそれで事が済む問題だと思うのです。外国に配慮して陛下が靖国神社へ参拝出来なくしていることこそ、政教分離問題を複雑にしているのです。
 
 本来は靖国神社を政治問題化してはいけない訳で、陛下のみが参拝して政治家が参拝するのを止めてしまえばよいのです。もし総理大臣が靖国神社への参拝に拘るのならば、東京裁判の問題も解決する決意をも持っていただきたいものです。それを解決する一番好い方法は米国大統領が来日した際に靖国神社へ参拝してもらうことです。

 総理大臣は戦後処理のための総仕上げとして米国大統領を広島長崎の追悼記念式典へ招待するべきでしょう。その努力をせずしていくら総理が靖国神社へ参拝したとしても英霊達の鎮魂にはならないと思うのです。
by antsuan | 2005-10-31 23:23 | 思想・瞑想・時代考証 | Comments(0)