あんつぁんの風の吹くまま

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[戦争はなくならない-1] 何故ならば「戦争は他の手段を持ってする政治の延長にほかならない」から。

 日本の憲法に戦争放棄の条文が載っているわけは、戦争と云うものが、対外的政治活動の一手段であることを物語っているのです。


建築エコノミスト 森山のブログから転載しました。
長い記事なので、二部に分けてありますが、元の記事は一つです。

東京の森⑥日本の都市が空襲された理由
2014-03-21 19:26:41
テーマ:ブログ
アントニン・レーモンドという建築家がいます。
戦前戦後を通じ、大型のモダニズム建築もそうですが、特に木造建築の小品で非常に良い仕事をしています。

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戦前、戦後の日本の近代建築界に大きな足跡を残した人ですが、もともとはチェコスロバキアの人でアメリカに移住し、名前をアントニーン・ライマン(Antonín Reimann)からアントニン・レーモンド(Raymond)に変えています。当時アメリカでも有名な建築家フランク・ロイド・ライトの元で働いていたため、大正7年(1919年)に帝国ホテルの設計スタッフとして来日しました。
来日3年後にライトの元を離れ帰国しないで日本で設計事務所を始めます。

彼が設計した建物のうち今でも現存する有名なところでは、一時期芸能人の結婚式によく使われた昭和9年(1933年)の軽井沢のセントポール教会でしょう。

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その前にライトのところを辞めて、大正13年(1924年)に建てた霊南坂の家という自邸が、現代にも通じるパキッと打った壁をデザインとして扱った世界最初のコンクリート打ち放し建築として建築設計関係者にはよく知られております。

世界で最初に、
「きっちり打ったコンクリやったら仕上げんでええんちゃうん?」
と自邸をもってしてコンクリート打ち放し建築を世に問うた人なんですよ。

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塀と建物が一体になって中庭をかたちづくる現代的な構成ですよね。

この人は、戦前戦後を通じて何かと物議を醸した人なのですが、建築家としてイイ仕事をいっぱいしてるんです。ですが、どっか屈折してるというか、設計の実力はあるはずのに、妙に悩んじゃってるというのか。
まあ、当時極東の辺境の島国で設計活動をしていること自体が世界の建築潮流の中では、どマイナーですから、褒められたい!って焦りもあったんでしょうね。

コピーキャットの気があるんです。

東京女子大学のチャペルもすごく有名です。
コンクリート打ち放しの繊細な格子模様に色ガラスから光を採り入れて荘厳な雰囲気を表現した昭和10年(1934年)の作品なのですが、、、

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元ネタがあります。

「コンクリート建築の父」と呼ばれ、かのル・コルビュジェも教えを受けたといわれるオーギュスト・ペレーというフランスの建築家が1923年に設計したル・ランシーの教会です。

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規模は違いますが、同じですよね。

さらに、ペレーの弟子であるル・コルビュジェからも怒られる事態となってしまったのが、「軽井沢夏の家」です。

コルビュジエの「エラズリス邸」という計画案がありました。1930年のことです。
こんな感じの設計デザインをしたんですが、実施にいたらなかった。

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バタフライ屋根の傾斜にあわせて室内に大きなスロープを入れて、構造の仕組みと空間の流れが一体化した躍動感あふれる断面計画が特徴です。
コルビュジェはこの計画に思い入れがあったのでしょうね。
計画が頓挫した後も作品集の出版とかでこのアイデアを公表してました。

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で、レイモンドがやった「軽井沢夏の家」1933年です。

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これが断面図。

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う~ん、どうなんでしょう、、まあ、同じですか。

で、レイモンドさんはコルビュジェにめっちゃ怒られました。
「盗作すんな!」と。

ただ、盗作は盗作、パクリはパクリなのかもしんないんですけど。
「東京女子大のチャペル」といい、「軽井沢夏の家」といい、完璧なまでにその元のアイデアを踏襲していますよね。

才能ないのに自己中だったり、下手なくせにオリジナルとか言い張るより、設計の上手な人が良いアイデアを現実化したと思えばそれはそれでアリのような気もするし、、少なくともレイモンドは元ネタがどこにあるかを隠してなかったわけですからねえ。

元ネタを隠して、「わしのオリジナルやー!」とか言ってたらちょっとマズい気もしますが。

今と違って、簡単に海外に建築を見に行ったり体験できなかった当時の事情を考えてみれば、世界の最先端の建築デザインを輸入供給して体験させてくれたという意味では日本の近代建築の発展過程に果たした役割は評価できるとは思います。同時にスタッフとして採用した多くの日本人を建築家として育てました。
その後日本でいくつかの実績をモノにして、1937年に米国に戻りました。

で、なんでレイモンドの話かというと、空襲の話でした。

空襲というのは上空の航空機から爆弾を落とし敵軍地上部隊を攻撃するという局地戦術のひとつです。なので軍対軍の爆撃のことは戦術爆撃といいます。

しかし、1930年頃より「制空」という概念が提唱されるようになり、爆撃は植民地への懲罰としておこなわれたり、敵軍のみならず、敵の銃後、軍人ではない一般人の住宅地や商業地を破壊して、敵国民の志気を喪失させる殲滅作戦を提唱するものがイタリアやイギリスの軍人から出てきました。
これを戦略爆撃といいます。

戦略爆撃は本来禁止です。

1810年代のナポレオン戦争時代のプロイセン王国(今のドイツ)の将軍カール・フォン・クラウゼヴィッツという人がいます。

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「戦争論」という本を書きました。戦争とはなにか?ということを突き詰め、近代戦争を分析し理論的に定義した人です。現代版の「孫子」ともいえる古典的名著として、現在でも各国の軍人や下士官に読み継がれています。

そのクウラウゼヴィッツによって、「戦争は他の手段を持ってする政治の延長にほかならない」と喝破されているのです。
「戦争」のことを、一見無秩序な殺し合いであるかのように我々一般人は理解していますが、それは「反乱」で「戦争」ではありません。
「戦争」とは本来、政治的駆け引きをおこないながら、軍事のプロとプロの間で行なわれるものです。
歴史において植民地独立戦争のことを、宗主国は「反乱」と呼び、独立軍は「戦争」と呼ぶのはそういう理由です。「戦争」と呼んだ瞬間、独立軍の正統性、独立政体を宗主国側は認めてしまうことになるからです。

だから、戦争といえども国際的協約、ルールといったものが存在しています。
そして、この条約は現在でも有効なんです。

ハーグ陸戦条約といいます。
日米ともに1900年代初頭に加盟しています。

【ハーグ陸戦条約】
第二款 戦闘
第一章 害敵手段、攻囲、砲撃
第22条:交戦者は無制限の害敵手段を使用してはならない。
第25条:無防備都市、集落、住宅、建物はいかなる手段をもってしても、これを攻撃、砲撃することを禁ず。

東京は「無防守都市」であり、東京大空襲のように軍事目標以外を無差別絨毯爆撃をすることが、国際法違反であることは明らかでした。

それを遂行したのが米軍のカーチス・ルメイ少将です。
この人は軍人や政治家というよりも一種の殺人嗜好者なんだと思うんです。
1945年の1月に司令官に昇進しやがりました。
こいつが掟破りの外道作戦、東京都市爆撃を遂行したのです。

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彼の言葉がいくつか残っています。
あんまり書くとはらわたが煮えくり返るので代表的なものですが、、

爆撃に赴く搭乗員に対し
「君が爆弾を投下し、そのことで何かの思いに責め苛まれたとしよう、、、何トンもの瓦礫がベッドに眠る子供のうえ に崩れてきたとか、身体中を炎に包まれ『ママ、ママ』と泣き叫ぶ三歳の少女の悲しい視線を、一瞬思い浮かべてしまっているに違いない。正気を保ち、国家が君に希望する任務を全うしたいのなら、そんなものは忘れることだ」

いくら戦争とはいえ、この任務そのものがハーグ条約違反なんです。
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その後はもう無差別爆撃の様相を呈しまして、、
結局1945年の終戦までの5ヶ月の間に、人口が集中する主要都市だけでなく、JRで急行が止まりそうな場所はほぼ全部。200以上の街が爆撃されました。
死者は33万人、負傷者は43万人、被災人口は970万人に及び、被災面積は約1億9,100万坪、日本の総住戸の約2割の223万戸が燃えました。

当然ながら、多くの国宝・重要文化財が焼失してしまっており、一説によれば文化財の9割以上が焼失したとも言われています。
各家庭に所蔵されていた絵画や掛け軸、襖絵や漆器や着物なんかを想像すればこれらの文化財も途方も無い損害です。

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死者・負傷者合わせ80万人が被害にあったということは、家族の事を考えてみれば日本の家庭の半分以上がこの空襲開始から5ヶ月で一家離散や生活困窮のきわみに落とされてしまったということになるでしょう。


つづく






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by antsuan | 2014-04-23 12:41 | 政治・経済 | Trackback | Comments(0)
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