あんつぁんの風の吹くまま

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世間と個人 「変わらない私」は幻想 身体が変化すれば心も変化するので修行に励む

 「日本に個人はいない」「座禅から始まる個人」
 
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 読むのも理解するのもそれほど難しくないけれど、やはり、宗教哲学的でかなり奥が深い問題なので、読んでいて疲れてしまいました。





  過ちては 改むるに 憚ることなかれ
by antsuan | 2014-03-08 19:16 | 文学・教育・科学・医療 | Comments(6)
Commented by saheizi-inokori at 2014-03-08 23:05
心なんて危ういもの、ちょっとした胃の調子で変わってしまいます。
Commented by antsuan at 2014-03-09 07:17
・「そんな危うい心を持った個人の権利や個性って、いったい何ナノでしょう」という問答集です。
日本人は人間社会の相対性理論を仏教界から会得していたように思います。
となれば、日本文明が世界を牽引すべき時代がやってきている感じがしてなりません。
Commented by cocomerita at 2014-03-10 03:17
Ciao antsuan
お加減いかがですか?

日本は個人。としては生きづらい国なのです
だから個人を意識したら、出ていくしかないのです
Commented by antsuan at 2014-03-10 07:45
・cocomeritaさん、お陰様で、手術の経過は悪くありません。

個人をしっかりと意識するのが武士。公私の区別があやふやなのが、町民。それ以外のいわゆるよそ者を非人と、身分をわけていた江戸時代の生き方を、もう一度見直す時が来ているようです。
Commented by marsha at 2014-03-10 07:58 x
術後の経過が お宜しいようなのは 朗報です。
日にち薬になるかもですね、 気長にご養生を、

日本では indivisual は 尊重されないのです。
何事も 目立っては いけない、 みんなと 歩調を
合わせる事が大切だと。 

Commented by antsuan at 2014-03-10 13:23
・marshaさん、学習院で「私の個人主義」を講演した夏目漱石も、晩年は「則天去私」ですからね。
しかし、自然の摂理に従うのがあらゆる生き物の運命であるとすれば、分かるような気もします。