あんつぁんの風の吹くまま

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大施餓鬼

 八月は、魂について考える行事が多い月です。

 特に「怨霊文化」の日本では、亡くなった人の魂を鎮める行事を、とても重要な事と考えています。

 日本人の、死んだ人の事まで思い遣る心について、キリスト教の布教にやって来た、フランシスコ・ザビエルは、とてもやっかいで、キリスト教を日本人に広めるのは難しいと、本国へ伝えています。

 集団原理の中で生きて来た日本人は、「魂の救済」(鎮魂)という答えが、個人の問題ではなく、先祖から子孫に繋がる、時空を超えたみんなの本質的問題と認識していたのです。 ですから、「信じる者は救われる」=「信じない者は地獄行き」 といった、答えを「個人の観念」のみに帰結させてしまうキリスト教の欺瞞に、当時の日本人は本能的に気づいていたのです。

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 キリスト教の事はさておいて、日本人は、祖先がした悪い事を、自分が悪い事をしたように反省するのも、鎮魂の情から来るのではないでしょうか。

 鎮魂こそが、自らを悔い改める誓いだと思うのです。




[祈りとは自然との対話のこと 
 こころで尋ねれば こころからの答えがもらえる]

by antsuan | 2013-08-09 12:38 | 思想・瞑想・時代考証 | Comments(0)