あんつぁんの風の吹くまま

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チャイナには本当の学問がない (その二)

 黄文雄と石平の対談形式の「『中国』の終わりのはじまり 習近平政権、経済崩壊、反日の行方」に書かれていた、「チャイナに本当の学問はない」という主張を読んで、物凄く納得してしまいました。それは間違いのないことだと思います。

 文字はあっても、考え(意見)を述べる環境がなければ、言葉は命令か懇願だけです。つまり、対等な人間関係が存在しない証明でもあります。そのような国家が長続きするわけがありません。

 では、現存する世界最古の国家である我が国は、その逆であるといえるのでしょうか。まず間違いなく、そう考えてよいと思います。

 清少納言の枕草子を例にあげるまでもなく、日本では大昔から自由に意見を言い合っていたに違いないのです。

 日本は八百万の神々の存する国でありますが、いまもなお、あちこちから神様が集まってくる素晴らしい国なのです。その神様たちが話し合う文化こそ、学問でありましょう。ですから、藤原正彦の言うように、文学こそが究極の学問なのであります。

 しかし、それはさておき、とにもかくにも、学問を尊重する日本においては、どんな困難な状況にあっても未来はあるのですが、残念ながら、本当の学問のないチャイナにおいては、経済が破綻してしまえば、国家そのものが崩壊してしまう運命にあるといえます。



  過ちを見てそれを正そうとしなければ過ちを犯した者と同罪だ

by antsuan | 2013-01-23 19:11 | 思想・瞑想・時代考証 | Comments(2)
Commented by sweetmitsuki at 2013-01-23 22:28
古代日本が取り入れなかった大陸の政治体制のひとつに科挙があるのですけど、嫡男が家督を相続する日本に比べて試験に合格すれば出自にかかわらず誰でも役人になれた科挙制度は、一見平等で公正に映るのですが、実際には家庭教師を雇える裕福な家庭でなければ科挙に合格することは叶わず、格差は是正されなかったのですし、政変が起きてポストががら空きの時代にはいざ知らず、政権が安定してポストも固定化されると、科挙に合格し役人になれる資格はあっても現実には役人になれない人たちが溢れてしまうので、科挙は政変の遠因を作ってきたといえるのではないのでしょうか。
チャイナはこのように崩壊と刷新を繰り返してきた国なのですが、日本人はつい、人間は誰でも一緒だと考えてしまうから要注意です。
それでは世襲の日本の政治が正しいのかというと、アベさんでも総理にまたなれてしまう国ですから、どっちもどっちだと思います。
Commented by antsuan at 2013-01-23 22:44
・科挙制度は、学問的知識をみるためではなく、お上にどれだけ従順になれるかの判定であったのですね。

科挙制度は縦割りの弊害が出ますので、組織内で教育して、能力、実力主義に徹する方法が、一番理想的なのではないでしょうか。
小泉純一郎だって、国立大学出でもなく、自民党という組織で教育され、能力ある者が枯渇して、やむなく行動力のあった彼が推薦された結果、安定した政権を築いたのですから。