あんつぁんの風の吹くまま

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歴史から学び取るべきもの

 アフガニスタンの無法地帯に足を踏み入れた日本人が殺された。殺されたお二人には気の毒だが、やはり子供と同じ程度に無知で、愚か者としか言えない。彼らは恐らくやくざなどの無法者に出くわして怖い思いをした経験が無かったのだろう。危険な目にもほとんど遭ったことが無かったに違いない。
 
 四十過ぎの大の大人が、それも子供に教える立場の教師が、そんな無邪気な考えでいいのだろうか。本来は、社会にはどういう危険なことがあるかを子供に教えるのが教師ではないのか。
 
 二人は至近距離から頭を撃たれている。恐らくイスラム社会では許されない行為をしたのだろう。二人は必死に謝り許しを請い願ったに違いない。しかし異邦人の謝罪などはほとんど無意味である。以前にも旅行はつい最近まで冒険だったと書いたことがあるが、現実には今なお冒険なのだ。

 国際関係論から見れば、謝罪なんて国際的に全く通用しない。武力を背景とした強いか弱いかの位置関係が国家間を支配しているのが現実である。つまり、未だに法治社会とは無縁であるのが国際社会と言ってもいい。お互いの武力増強を認めない力のせめぎ合いが、昔から今に至るまで、ほとんど普遍的原則として国際関係に横たわっている。

 したがって、日本人が日本のことを考えて国際関係を強化したいと望むのであれば、其れは核保有国になり武力を増強するしかないのである。しかし敗戦を経て、日本人は国際社会を俯瞰して、軍事大国であることが人類の発展に全く寄与しないことを悟り、人類の平和のために、国際社会の中ではわざわざ低い地位に甘んじているのだと、勝手に平和憲法の趣旨から解釈している。

 だが、このような世界平和を本気で考える国は、ほとんど我が国だけと言っていいのではないだろうか。日本は外国人から見て間違いなく特殊な理解不能な国なのだ。

 国家間の約束である、条約を破ることに罪悪感を感じる国を見たことがない。どの国も平気で条約破りをしている。米国であれ、英国であれ、ロシアであれ、チャイナであれ、みんな平気で約束を破っている。彼らが約束を破って謝ったことがあるだろうか。

 今迄学んだ国際関係論から云えば、謝罪はしてはならないと言っても過言ではない。謝罪をすればするほど相手はつけ上がり、事態は余計深刻になるだけなのだ。そういう無法国家が国際社会の大部分を未だに支配していることを、もういい加減に日本人は気が付いて欲しい。
 
 またそれに気付くためにも、今一度、戦後を含めた歴史をじっくり振り返ってみては如何かと思う。
by antsuan | 2005-09-08 23:44 | 文学・教育・科学・医療 | Trackback | Comments(2)
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Commented by knaito57 at 2005-09-09 10:02 x
くわしくは知りませんが「アフガニスタン殺害事件」は底の浅い妙な事件と感じました。二人の職場である学校で校長訓話の後、生徒らが黙祷させられて(?)いた光景が引っかかっています。★「国際関係論からいうと“謝罪”は無意味」にはなるほどですが、にもかかわらず互いにそれにこだわるところに現実社会のむずかしさを思います。それとは関係ないですが、近ごろお偉方が居並んでする“陳謝会見”が多すぎると思いませんか。しかも内容は「迷惑・ご心配をかけ……徹底をはかり、再発防止に努めます」と、決まり文句羅列の白々しさ。
Commented by antsuan at 2005-09-09 19:22
過ぎたるは及ばざるが如しで、お詫びもいい加減にして欲しいですね。
こんなことも総てマニュアルに乗っ取ってやっているのかと思うと空しくなるだけです。だから、ワンフレーズ宰相のサプライズ的行動が新鮮に見えてしまうのでしょうね。