あんつぁんの風の吹くまま

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今や戦後も歴史になった

これは、「重箱の隅でごろごろごまめかな」のドイツと日本の戦後処理へのトラックバックになっています。

 今回の総選挙では外交問題は争点から意識的に外されていますが、本来は日本の将来を考えるに、国際関係は無視出来ないどころか中心的な問題といえます。

 今年は大東亜戦争終結六十年目の節目であり、戦後生まれの人が現役を退く時代がやって来ました。最早、戦後も歴史になったと言ってよいでしょう。中学受験の塾の先生は、バブル経済の原因となったプラザ合意までは教えておきたいと言っていました。バブルの崩壊からデフレ不況まで、つまり二十世紀の事は総て歴史に組み込まれてしまったのです。
 
 では、敗戦国日本にとって戦後の国際関係はどのようなものだったのか、今一度、その時代を振り返ってみる必要があるように思います。
 
 戦後は東西のイデオロギー対決が激化する中にあって、日本は一方の宗主国米国の核の傘に入り、武力対決の無風地帯にいて、思いっきり富国の目標に向かってまい進し、他の諸国が冷戦及び紛争で疲弊して行くのを尻目に、経済大国に上り詰めました。
 
 しかし忘れてならないのは、その過程では耐え難きを耐え忍び難きを忍んで、戦後処理のための賠償金を真面目に払い続け、恐らく史上初めての賠償金を完納した国家となった事です。
 
 日本はドイツと違って無条件降伏をした訳ではありません。ポツダム宣言受諾と云う終戦処理の条件を受け入れる条約を交わして停戦したのです。従って戦争犯罪者は日本にはいません。ですから東京裁判は成立しないのです。しかし、日本は国交回復のために東京裁判の判決を受け入れ、国際社会に復帰した後も戦犯とされた人々の刑を国際社会が許すまで執行していたのです。
 
 日本は立派に戦後処理をしています。ドイツなどは賠償金などは払っておりません。戦争責任もヒットラーやナチスのせいにしてドイツ国民は責任をとっていません。逆に日本は戦争責任については国民にあるとして、戦後の国際関係を築いてきたのです。
 
 ただその中にあって、戦争責任を国民に押し付け実質的な戦争遂行者だった当時の政治家や官僚が、戦後処理のどさくさ紛れに甘い汁を吸い続けていたのです。そして、そういう奴らを自由にさせていたが為に、未だに過去を清算していないなどと、紛争に明け暮れる野蛮な国家に言われてしまうのです。
 
 従って、彼らの息の掛かった連中に、二十一世紀の日本の政治を任せてはならないと思うのですが、世襲的社会の国会が何処まで浄化されるか気になるところです。
by antsuan | 2005-09-07 19:45 | 思想・瞑想・時代考証 | Comments(0)