あんつぁんの風の吹くまま

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吉本ばななのお父さんはポストモダンの思想家だった

 吉本ばななの本も読んだこともなければ、彼女の顔すら知らないのですが、そのお父さんである吉本隆明氏が、戦後思想の巨人と呼ばれていたほどの、凄い思想家だったことすら、恥ずかしいことに知りませんでした。

 思えば、七〇年安保闘争などの学生運動はなやかし頃に高校を卒業した私ですが、同時代の仲間がほとんど左翼的思想に汚染されていたのに対して、友人が否定していた大和魂や愛国心的な右翼的思想を振りかざしていました。

 ですから、左翼的思想活動を批判していた吉本隆明氏の言論に触れる機会を逸していたのだと思います。

 しかしながら、自分の思想行動が、木村尚三郎東京大学名誉教授のように、ポストモダン時代の到来を説く人と同じであることに気付いても、まだ、日本のポストモダンの扉を開いた人が居たことを知りませんでした。

 社会学者の橋爪大三郎氏は、月刊ボイス五月号の巻頭の言葉の中で、吉本隆明氏について、次のように語っています。

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 このように、言語(知識)と権力(政治)を分離して考察する議論の登場とともに、フランスはポストモダンの時代を迎えた。同じく日本でも、『言語にとって美とはなにか』『共同幻想論』といった、言語と権力を分離して考察する議論を吉本氏が展開したことで、日本のポストモダンの扉が開かれたのである。
 ポストモダンの時代は、価値が併存する時代。保守/革新は失効していく。冷戦が解体するよりも早く、フランスでも日本でも、イデオロギーの対立は実質的に意味を失っていた。
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 今の日本の政治社会体制の崩壊は、まさにイデオロギーの対立が消滅していることの証明でしかありません。

 時代は新しくなったのです。吉本氏のお蔭で、我が国では既にポストモダンの時代が到来しています。情報通信技術革命をすんなり受け入れて、大衆も知識人と対等に発言する社会が実現しているのです。

 もう、日本の明日は約束されています。神仏習合。日本の戦前からあった思想であり、吉本氏が新しく定義した『価値相対主義』を実践していけばよいのです。
by antsuan | 2012-04-21 13:11 | 思想・瞑想・時代考証 | Comments(0)