あんつぁんの風の吹くまま

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ゾッとする学校の性教育

 学校教育については、自分の子供の事でもあるのでそれなりに関心を持っているつもりだが、性教育についてはかなり酷いらしい。どうもそれは思想的なものと関連しているようで、日本は持ち前の純粋さから、海外の発端となった思想のいかがわしさを考えないで取り込み、普及させているようなのだ。

 しかし、普通の大人でも、性教育と思想やイデオロギーとが結びついているとは、ちょっと考えられないと思う。私自身、”マリリン・モンローの言った「自然なこと」について”という題で述べたように、セックスを自然なものとして捉えた方がいいと思っていた。ところが、どうやら狩猟民族のセックス感には、家族のない野生動物社会を念頭に置いた、父とか母と言う言葉も存在しない社会を理想としていて、フリーセックスもその流れの一環として支持されたようだ。しかしそのセックス感は、基本的に人間が野生動物とは違う存在になった背景として、愛があり、家族があり、それが社会を形成するものである事の、基本中の基本を無視してしまった考えである事は、よく考えれば分かる事なのだ。
 
 「性の解放は人間解放である」と言うイメージで、ジェンダーフリーも手塚治虫の新種の無性人間作りと呼応して、学生運動の中にも重点的な思想となってきた。しかし、ジェンダーフリーは、性差を基本とした現代の文明社会を崩壊させようという共産主義思想が原点にある事を見抜く必要がある。
 
  今の日本の性教育は、極めて唯物論的なものであって、「愛がなければセックスしてはいけないという考えを押し付けてはいけない」と、学校の先生用指導資料に書いてあるそうだが、性的衝動を抑える事を絶対悪として教育している今の現状の行き着く先を考えるとぞっとする。
by antsuan | 2005-08-12 18:48 | 文学・教育・科学・医療 | Trackback | Comments(4)
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Commented by way at 2007-01-25 06:55 x
>「愛がなければセックスしてはいけないという考えを押し付けてはいけない」と、学校の先生用指導資料に書いてある
私が受けた授業では、ただ生殖の原理のみが語られました。
子供はまだ未成熟な「愛」で欲望を正当化してしまうから、性教育の場で「愛」という言葉を出してはいけない、
という意味ではないでしょうか。
愛を否定しているわけではないと思います。
Commented by antsuan at 2007-01-25 10:02
・戦後は日本の道徳教育を全否定した教育基本法のもとに性教育も為されてきたことを反省すべきでありましょう。キリスト教民主主義国家においてはキリスト教的道徳が根幹にあって性教育が為されているのであり、多神教国家の日本においての教育勅語はそれに優とも劣らぬものであったと推測致します。
Commented by cazorla at 2007-01-26 06:33
ヨーロッパは もっとロマン主義の影響が強いので ロマンスのないセックスは ありえません。 狩猟民 という考え方はちょっと極端だと思います。 たとえばチベットの場合 農民は 土地をわけないためと 貧しいので人が増えないように 多夫一婦制です。反対に狩猟民は 一夫一婦制です。 戦争の多かったイスラムが一夫多妻になったのも自然なこ戸田と思います。 愛のないセックス については ヨーロッパでは 先生の仕事ではなく家庭と教会の仕事です。 日本で 夫婦で愛のない生活をしているのを見て育った子は きちんとしたセックス感をもてないのではと思います。
Commented by antsuan at 2007-01-26 07:35
・性教育については知識として教えるのではなく、やはり道徳的観点から教えるべき者だと私も思います。確かに極端な考え方ですが、欧米では親子の関係に日本人のような執着がないのは狩猟民族と農耕民族の違いだろうと思うのです。