あんつぁんの風の吹くまま

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放射能(核力学)は、宗教哲学から見れば、輪廻の世界のことである。

 我が国は世界で最初に核エネルギーの洗礼を受けた国である。しかし、まだその時は近代力学の帝国主義が全世界を席捲していた時であって、その核エネルギーが新しい時代の思想を有していたことに国民は気が付いていなかった。

 それから半世紀を経て、再び日本人は核エネルギーの災いを被った。しかも、それは巨大地震と大津波という自然の驚異とともにもたらされて、思想も何もない、今日迄の生き方をいや応なく否定せざるを得ない、悟りの状況に身を置くことになったのだ。

 つまり、あらゆる生命に対して畏敬の念を抱き、その魂を祭ってきた日本人にとって、核エネルギーについて、そのありのままを受け入れることになんら躊躇はしないと思う。それは新しい思想を考え出すというよりも、新しい神を受け入れるといった考え方なのだ。

 我々日本人は、神仏習合に見られる八百万の神々の存する社会を昔から形成していたが、それはとりもなおさず、自然社会との共存関係を保ってきたことを証明している。そしてこれからは、核エネルギーという神とともに、新しい時代を日本人は築き上げて行くに違いない。
by antsuan | 2011-09-14 23:27 | 思想・瞑想・時代考証 | Trackback | Comments(2)
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Commented by Emitan at 2011-09-15 08:11 x
猿の惑星の映画で核戦争を生き残った人類がクリスタルの発射ボタンを神との接続装置と思って崇めて居ましたね!?最後の神頼みの時に神にすがる為に、ボタンを押し・・・・爆発で地球消滅・・・・そんなシーンが在りました。ご記憶在りますか?
Commented by antsuan at 2011-09-15 09:41
・猿の惑星は一作目しか見ていません。
Emitanさん、放射性物質を原子単位で検知出来るようになったら、制御はできなくとも、管理することは充分可能になるわけです。となると、原子力文化が開花し、各家庭に原子力電池みたいなものが普及するのも夢ではなくなる時代がやって来るに違いないと思います。
災いを転じて福となす。放射能検出器が未来を変えると云っても過言ではありません。
原子力文化の先駆けとして、これからの日本は世界に大きな貢献をすることでしょう。