あんつぁんの風の吹くまま

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施餓鬼に励む日本人は世界中の人から尊敬されている。

 明日は御施餓鬼のためにお寺へ行くことにしています。

 仏教界ではこのように昔から貧しい者に施すという習慣があります。日本はその習慣が文明となっている国です。文明となっているというのは、宗教思想から外れて、社会一般に広まっているという意味です。特に武士道では惻隠の情という心得として尊ばれていました。

 しかし、現代の日本では「施し」というよりも「サービス」とか「ボランティア」という外来語をもちいて、あたかも日本人はそのような習慣が戦前にはなかったかのような教育を受けています。確かに、施しという言葉は差別を感じる言葉でありますが、我々日本人は昔から身分の差別無く「施す」習慣があったことを、そろそろ再認識するべきでありましょう。

 本当のことをいえば、日本人は世界中の人から尊敬されているのです。それは秩序正しいからなのではなく、また、大人しいからでもありません。この「惻隠の情」を会得している教養の高さによって尊敬されているのです。我々日本人は昔からお金よりももっと大切なものがあることを知っている民族なのです。

 いま世界経済ががたがたに落ち込み、世界中の国が貧しくなって、多くの外国人がお人よしの日本人を食い物にするべく群がってきています。しかし真実は、我々日本人は食い物にされているのではなく、積極的に施餓鬼に励んでいるだけなのです。
by antsuan | 2011-08-05 23:41 | 思想・瞑想・時代考証 | Comments(2)
Commented by cocomerita at 2011-08-09 17:38
Ciao antsuan
いや、もともとこういう行為は名前をつける類のものではないのではないかと思っています。
酸素が濃いところから薄いところに流れる
それと同じ
自然の生業でしょ?
Commented by antsuan at 2011-08-09 19:14
・間違っちゃいけません。自然界は弱肉強食の世界。生き物がいなくなって砂漠化するのが自然の生業でもあるのです。
人間の世界でも、名を付けるほどに特異な行いなのじゃないでしょうか。