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村上春樹のスピーチ

核への「ノー」貫くべきだった 村上春樹氏がスピーチ
2011年6月10日 06時53分
 村上春樹氏(ロイター=共同)

 【バルセロナ共同】スペイン北東部のカタルーニャ自治州政府は9日、バルセロナの自治州政府庁舎で、今年のカタルーニャ国際賞を作家の村上春樹さんに授与した。村上さんはスピーチで東日本大震災と福島第1原発事故に触れ、原爆の惨禍を経験した日本人は「核に対する『ノー』を叫び続けるべきだった」と述べた。
 「非現実的な夢想家として」と題したスピーチで、村上さんは福島第1原発事故を「(日本にとり)2度目の大きな核の被害」と表現。戦後日本の核に対する拒否感をゆがめたのは「効率」を優先する考えだとし、政府と電力会社が「効率の良い発電システム」である原発を国策として推進した結果、原発に疑問を持つ人々は「非現実的な夢想家」として退けられたと批判した。
 その上で「われわれは持てる叡智を結集し、社会資本を注ぎ込み、原発に代わる有効なエネルギー開発を国家レベルで追求すべきだった」と言明。それが広島、長崎の犠牲者に対する「集合的責任の取り方となったはずだ」とも述べた。
 カタルーニャ国際賞は、人文科学分野で活躍した人物に送られる。

 日本は怨霊文化の国といわれています。それは古代から「墓石安全」という大きな犠牲を払って生活改善を行ってきたからです。

 村上春樹が反省しているように、戦後の日本は集団的な鎮魂という習慣を否定してしまったことが、今回の福島第一原発事故に繋がったのでは無いでしょうか。
by antsuan | 2011-06-10 12:35 | 思想・瞑想・時代考証 | Comments(4)
Commented by saheizi-inokori at 2011-06-10 16:32
個人主義的な考え方が強いかと思われる若者たちが愛読する村上が集団責任に言及した意味は大きいと思います。
Commented by antsuan at 2011-06-10 16:58
・わたしもそう思います。
広島原爆慰霊碑の「過ちは 繰返しませぬから」という言葉は集団責任による鎮魂を意味しているのだと思います。もう一度その原点に戻る必要がありそうです。
Commented by junko at 2011-06-12 00:24 x
Ciao antsuan
わたしも読みました、
さすがと思いましたよ

変な話だけど、ご先祖様のご供養をないがしろにし
それと一緒におじいちゃんおばあちゃんを疎ましく遠ざけた
そこに遠因があるような気がしてなりません
この国の落ちぶれぶり
Commented by antsuan at 2011-06-12 06:09
・junkoさん、確立した「人の道」を昔の日本人は知っていたし守ってきました。そういう祖先の生き方を否定した現代の日本人は、もう日本人とは言えなくなってしまったかも知れませんね。