あんつぁんの風の吹くまま

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開戦記念日を振り返って

 日本は他の文明によって侵略された事のない希有な文明国家であります。しかし、それは昭和二十年八月までの事でした。幸いにして、国としてはそれほど時を経ずして独立を取り戻したものの、文明については侵略されたままといえる状況が続いています。

 その原因は一にも二にも戦争に負けたからであります。しかし、その戦争責任については、日本文明を誇りに思っているものとして、また、祖国を愛し祖先を敬うものとして、それを追求する事はあまり意味がないと考えます。とはいえ、敗戦という結果が出ている以上、責任というよりもその原因を探るべきであります。

 世間では軍部の暴走が原因であるとの定説が流布されていますが、それは、占領軍が創ったシナリオである事は、内外からの証言や文書によって今や明らかになっております。

 はっきり言いますが、軍部の統制がとれなくなったのは敗戦が濃厚になってからの事です。いや、軍部の統制がとれなくなっても、国際関係としては、条約や国際法を守り続けた、世界で唯一の教養ある立派な軍隊でした。それは日本文明そのものであり、子孫の我々が最も誇りにするべきものであります。

 では本当の戦争原因は何か。外務官僚の腐敗です。残念な事にそれは今も変わっていません。大使館は外交機密費を使って外交ならぬ社交に明け暮れ、各国の実情分析を怠り、あるいは意図的に情報を遮断して、政府の正しい政策決定を妨害し続けていたのです。

 具体的には、国際連盟脱退についてですが、松岡洋右は外務省からの通達を政府通達であると信じて決めたといわれています。また、ユダヤ人難民に対して、軍部は積極的に救済しましたが、御存知のように、外務省は冷淡な態度をとり続けました。さらに、蒋介石の国民党軍に軍事援助をしているナチスドイツに対して、外務省は止めさせるように働き掛けるどころか、まともに抗議すらしませんでした。

 そして、運命の現地時間十二月七日の前日、日米関係の緊張が高まっているというのにも関わらず、駐米日本大使館員は、帰国する大使館員のお別れパーティーのために、大使館を空っぽにするという失態を犯していたのです。その結果、郵便受けに溜まった重大な電報は誰に見られる事なく、日本の運命を決する貴重な一夜が過ぎてしまったのでした。
by antsuan | 2010-12-10 19:09 | 思想・瞑想・時代考証 | Comments(6)
Commented by mimizu-1001 at 2010-12-10 20:51
うーん、大学で古典を履修した僕としてはTB先の記事の方が楽しんで読めたなぁ(笑)

中央公論の9月号に、「昭和天皇はなぜ戦争をえらんでしまったのか」という対談記事があって、興味深く読みました。
原因を探るという意味では、読んでみる価値あるような気がします(釈迦に鉄砲だな)。
Commented by sweetmitsuki at 2010-12-10 21:48
ナチスドイツが蒋介石の国民党軍に軍事援助をしていたのはソ連と戦うために軍需物資のレアメタル(タングステン)欲しさからで、外務省はチャイナやアメリカと戦うためにドイツともソ連とも上手に付き合わなければならない義務があったのですからやはり一番罪が重いのでしょうね。
でも犯人探しは未来志向ではないと思います。
Commented by antsuan at 2010-12-11 07:26
・うん、mitsukiさんの古典講義はとってもためになりますね。
みみずすましさん、「万機公論に決すべし」、天皇は神にそう誓ったのですから・・。
Commented by antsuan at 2010-12-11 07:26
・mitsukiさん、犯人探しではなく原因探しです。そして今を生きる我々が反省するべきなのです。そうでなければ未来は開けません。
Commented by junko at 2010-12-14 01:18 x
Ciao antsuan
へ~~~~知らなかったわ
でもさ、、ということは昔も今も、政府、官僚の体質ってかわってないってことなのね~~~
Commented by antsuan at 2010-12-14 09:39
・そうなんです。
junkoさん、明治時代にチャイナを真似た科挙制度、つまり公務員試験というのが新たな身分制度を作ってしまったんですね。そして、いまも昔も機密費に群がる悪い連中がたくさんいるという事です。