あんつぁんの風の吹くまま

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二重基準のもう一つを探る

 教育についてはいつも考えているつもりだが、自分の子供のことになると、全く自分の考えを実践していないことが分る。三人の息子どもに言うことを聞かすのはとても大変だ。昔の親たちは子供を三人四人それ以上を抱えてよくも育てていたものだと感心する。

 怖いものの代表として地震、雷、火事、親父と昔は言ったものだが、今の親父は全く怖くない。しかし、それは親父だけが弱くなったわけではなく、大人のみんなが弱く優しくなってしまったのだと思う。

 それが日本の戦後の教育と時を同じくしていると感じるのは私だけであろうか。戦後の間違った教育の一つには、歴史教育があげられるが、もう一つ忘れてならないのは、道徳教育だと思うのだ。

 道徳教育というだけで、戦前の忌わしい教育勅語を復活させるのかと拒否反応を示す日本人がまだまだ多いようだが、日本は大和朝廷の昔からダブルスタンダード、詰まり二重の基準をもとにして活きてきた。平たく言うと法律と道徳である。

 明治維新以後においては、日本国帝国憲法と教育勅語の二つを規律として掲げ、日本人は優れた人格形成を成し遂げてきた。しかし、敗戦によりその両方を否定して、民主主義的法律のみを基準にし、わき目も振らず、日本人はその基準を守り物質的には豊かな社会を築き、生きることにある程度の不安のない生活を送ることが出来るようになった。
 
 が、ここに来てその一つだけの基準にほころびが目立ち、それを修正できないがために社会が不安定になっていているのだと思う。やはり、日本人は一神教文明の人々と違って、融通の利いた二重基準を用いてこそ人道的な平和を追及する社会を築くことが出来るのではないだろうか。
 
 そのもう一つの基準とは、やはり道徳であり、それをきちんと守り通せるものが大人と見なされる。そのことによって、大人と子供の厳然とした上下関係がかたち作られるのだと思う。
 
 教育勅語に勝る「道徳基準」の確立が望まれる。
by ANTSUAN | 2005-07-11 22:59 | 文学・教育・科学・医療 | Trackback | Comments(0)
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