あんつぁんの風の吹くまま

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逗子駅の赤絨毯

 このところ皇位継承問題や皇太子妃雅子様のご静養問題などで、若い人でも皇室のことに少しは関心があると思う。
 広島に生まれ、新潟で教鞭をとり、戦後再び横浜で教鞭をとることになった祖父が、葉山を終の住み処にすることを決めた理由は御用邸があることのようだった。小さい頃、祖父が自分で作った神棚の脇に飾られた花の絵の額を外したことがあったが、その絵の裏には御真影、つまり天皇皇后両陛下のお写真が飾られていた。
 また私自身、学校の帰りなどで逗子駅にいる時、何度も拝見したことがある。ホームから改札口を過ぎて車の乗り降りするところまで赤い絨毯が敷かれるので、お召し列車が到着することはすぐに分かった。
 昭和天皇は、絨毯の脇に並んだ我々に向かって、テレビでお馴染みの、帽子をちょっと振るしぐさで挨拶され、ゆっくりお車で御用邸に向かわれた。昭和は30年代のことである。その頃の皇太子妃美智子様は、それはそれはお美しかった。過去形で書いては失礼かと思うが、とにかく聖母マリア様はこのような方だったのだろうと想像するぐらいにお美しかった。何せこちらも小学生、まだ純粋だったんでしょうね。
 その高貴な方と巡り合えた場所、逗子駅は、今でも横須賀駅と同じ、ホームと改札口が段差の無い今風に言えばバリヤーフリーなのだが、ついにこの間その改札口が改装されて立ち食いそば屋になった。嗚呼。
by antsuan | 2005-03-15 06:45 | 身の回り・思い出 | Trackback | Comments(2)
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Commented by den8den8 at 2005-03-15 07:02
わたしもこの週末に帰って、びっくり! なんじゃあ、これは! 
もう二度と再び、お召し列車がこのホームに入ってくることはない、とあきらめたんでしょうね。
それにしても、改札口が狭い、そば屋がのさばっている。
ここは、信州かぁ!
Commented by 右左あんつぁん at 2005-03-15 11:11 x
den8den8さん、そうなんですよー。赤絨毯の雰囲気を残すのも文化の一つだと思うのですがね。「真白き富士の嶺」のチャイムもなくなるし、逗子の伝統がどんどん消えていきます。