あんつぁんの風の吹くまま

ブログトップ | ログイン

あたらしい九月二日

 六十五年前の九月二日は、わが国が連合国との間において降伏文書に調印した日です。わが国にとって、この降伏はどうどうとした降伏でした。そのことは全権代表の重光葵外相がよく知っていました。

 その日の戦艦ミズーリー号は、ペリー提督が開国を迫って来航した時の場所と同じ品川沖に停泊し、さらに、ペリー艦隊の旗艦「ポーハタン」号に掲げられていた米国旗が本国よりミズーリー号に持ち込まれ、その旗の前で調印式が行われたのです。

 そうです、イエス・キリストがゴルゴタの丘で十字架に磔されたのと同じく、わが国の全権団はミズーリー号に引きずり出され、罪多き人びとの前で晒し者にされたのです。

 しかし、イエス・キリストの死によって人々の罪が許されたように、わが国の敗戦によって、大東亜共栄圏の人びとは白人の支配から解放されたのでした。ですから、大東亜共栄圏の中にあって独立を果たした国々は祝日とするべき記念の日なのです。

 ところが、そのような日に、日本の子供達に愛を教えてきた、清泉小学校元校長のシスター山路鎮子先生が帰天されました。これも何か因縁めいたものを感じるほど、私にとってシスター山路の存在は大きいものがあります。
by antsuan | 2010-09-03 06:37 | 文学・教育・科学・医療 | Comments(4)
Commented by mimizu-1001 at 2010-09-03 18:37
え?しいちゃんですか?
そうですか、天に帰られましたか。
その方にとって、あちらの世界は退屈そうな気がします。
またこちらの世界で、多くの人から慕われる生きざまを見せてほしいですね。
アーメン。
Commented at 2010-09-03 18:54 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by antsuan at 2010-09-03 20:36
・そうなんです。
みみずすましさん、清泉小学校は魂の無くなったただのハコとなってしまいました。
偉大な方と申し上げて、いささかも遜色の無いシスターでした。
Commented by antsuan at 2010-09-03 20:36
・鍵コメ様
聖ラファエラ・マリア様と同様にシスター山路は、生まれたばかりの清泉小学校を育て、子供達に本当の愛を授けて下さいました。ですから、私にとって清泉小学校は母のいる故郷のようなものでした。

そして今、神が我が心の中に居られるように山路校長も私と一緒に居られます。子供達の心の中にもきっと居られることと思います。