あんつぁんの風の吹くまま

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梅原猛の古事記

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古事記は明治維新の予言書だった?

 梅原猛によれば、古事記は歴史書というよりも優れた文学に位置付けるべきもののようです。そう考えれば、平安時代の紫式部が源氏物語を書いてもなんら驚くことでもないことが分かります。

 国造りのことが書かれている古事記ですが、それも生身の人間関係になぞられており、文字が日本に伝わるまでは歌として伝承されていたと想像されます。そして、そこには女性は生き生きとして描かれていて、なおかつ、征服者を許すのは女の神なのです。

 ここからは私の想像なのですが、天照大神は女の神で、大和の人びとの信仰の対象だった。その大和には、出雲にいた渡来人系列の豪族が入り込み和を結んでいたが、九州を支配していた倭人=天孫族が東征してきて、出雲の豪族を追い出して大和を支配した。そこで、天照大神がそのことを認めたと日本中に知らしめるための記録として、古事記が書かれた。

 この時代においても、日本の支配(征服)者は女の神に承認されなければならないという宗教感が動かしがたいものになっていたと想像出来ます。そして、天皇が男の血の万世一系であるのは、いささか飛躍していますが、天照大神が女の神であることに起因していると考えられます。

 さらに、藤原京から平城京への遷都の頃に書かれた古事記の出来事は、京都から東京に遷都した明治維新の出来事とうり二つであることが分かります。

 まさに歴史は繰り返すものなのでありましょう。
by antsuan | 2010-05-18 08:30 | 思想・瞑想・時代考証 | Trackback | Comments(4)
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Commented by sweetmitsuki at 2010-05-18 22:57
もしかしたら平成維新の予言書なのかも知れないような気がしてきました。
葦原平定と普天間問題はまさに瓜二つではないでしょうか。
Commented by antsuan at 2010-05-19 08:16
・まさに歴史のうねりを感じさせます。しかし、女神の微笑みは当分望めそうにありません。
Commented by HOOP at 2010-05-20 19:04
犬養毅首相は第18回総選挙の演説で、維新以来60年、政府にも、官僚にも、一般市民にも、溜まりに溜まったものをすべて捨て去り、改革しなければならないと述べましたが、大勝した総選挙後に暗殺されてしまいました。
Commented by antsuan at 2010-05-21 12:38
・HOOPさん、六十年というのは確かに節目ですね。それをそのまま大きくなるか、脱皮して形を変えるかの判断を、上手く出来る指導者を、今も求められているのだと思います。