あんつぁんの風の吹くまま

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家と雛祭

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 我が家のお雛さまは、子どもが小学校で作ってきたもの。立派なお雛さまよりほんのり温かい感じがします。

 お雛さまを飾る風習には、子どもの厄除けや無病息災の願いが込められていると聞きますが、この頃は、児童虐待の報道が日常的に見られるようになり、悲しいかぎりです。

 もっとも、女はどんどん強くなってきているので、ひな飾りなどの風習もばからしいと感じる人が増えてきているのかも知れません。何しろ、国会で夫婦別姓論議が交わされる時代なのですから。

 ある月刊誌に、女の居場所の確立したところを「家」というのだ、といった意味の対談文が載っていましたが、全くその通りだと思います。となると、「ひな祭り」こそ、その家庭の平和の象徴といえるのではではないでしょうか。
by antsuan | 2010-03-04 11:28 | 思想・瞑想・時代考証 | Trackback | Comments(10)
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Commented by 高麗山 at 2010-03-04 11:54 x
>女の居所の確立したところを「家」という・・・

  全くその通りだと思います!

私の家は、息子ばかり4人の家です、故に雛飾りは存在しないはずなのですが、時期になると、連れ合いはantsuan家と同じく、多分小学校時代に作ってきたと思しき、雛飾り2組をそっと自分の鏡台脇の小棚に飾っています。
Commented by mimizu-1001 at 2010-03-04 19:57
あんつぁんの家でお雛さんを飾るってのは、身代わり信仰でつか?
って書こうとしたら、高麗山家も・・・あら。。。

女の居場所が確立したところを「家」なんて誤解を招きそうな表現してるけど、
おまえの居場所は俺がきちんと作ってやるからっていうあらわれかにゃ。
にくいね。
Commented by antsuan at 2010-03-05 00:11
・高麗山さん、この表現、なるほどと思わず唸ってしまいますよね。
これからは、わが家もひな祭りを盛大にやりたいと思います。
Commented by antsuan at 2010-03-05 00:11
・みみずすましさん、男のためだったら城なんでしょうが、女は家系を維持するためには必要欠くべからずの存在ですからやはり『家』なんでしょうね。
Commented by sweetmitsuki at 2010-03-05 06:47
卵の殻に小さな穴をあけてそこから中身を抜き出し、空になった卵に絵を描いて雛人形を作るというのを、学校の課題とは関係なしにやってました。
ちなみにお内裏様が手にしている杓は、ご飯を盛る時に使うしゃもじの事で、財産(米)を家族に分配する権利を象徴しているのだそうですから、雛人形の右左がどちらでもいいのと同様、お雛様に杓を持たせてもいいのではないのでしょうか。
Commented by antsuan at 2010-03-05 09:33
・mitsukiさん、桃の節句とか宗教絡みでない、あるいは信仰が薄れたお祭りというのは、基本的に日本は自然を崇拝する気持ちの表れなんだと思うのです。そして、それはアメリカ大陸の民族とおんなじ信仰心であって、人類の本質的に失ってはならないもののような気がします。
Commented by HOOP at 2010-03-05 20:54
沖縄では、女性の権利確立とひなまつりが直結しているようです。
http://www.rg-youkai.com/tales/ja/47_okinawa/12_hamaori.html
Commented by antsuan at 2010-03-06 09:08
・HOOPさん、もっとあちこちのひな祭りの由来を調べてみたくなりました。
Commented by HOOP at 2010-03-06 13:17
現在の五節句は江戸幕府が定めたのだそうですよ。
沖縄の浜下りは旧暦の3月3日、新暦だと4月中旬くらいの大潮の日で
潮干狩りに最適だそうです。
というか、安全に禊をするのに都合の良い日だったことがわかります。
Commented by antsuan at 2010-03-06 21:17
・沖縄の人はやはり海象を生活の軸にしていたのですね。

HOOPさん、江戸時代というのは、ある意味において耶蘇教が入ってきた戦国の国際時代から、時刻を見つめ直した時代だと思うのです。