あんつぁんの風の吹くまま

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結果がすべてではない「日本の美学」


 松下政経塾を卒業した政治家は二十人を優に越えているはずなのだが、彼らの活躍は華々しくない。国土交通大臣になった民主党の前原などは酷いものだ。やはり、松下政経塾で教え足らないものが何かあるのではないだろうか。

 たぶん、それは「日本の美学」だろう。

 日本の美学とは、一言でいえば「引き際の美しさ」であろう。責任の取り方の美しさともいえる。これは松下政経塾だけの問題ではない。敗戦後、我が国民が真っ先に捨てさせられたものがこの「美学」なのだ。そして、未だに「日本の美学」を学ばせないように、出版制限をしたり放送の自主規制を敷いたりしている。

 ラヂオから「軍歌」が流れなくなって久しい。「学生寮歌」も然り。しかし、このどちらかの歌を詠めば、必ずや「日本の美学」の想いが込められているのを理解するだろう。

 「同期の桜」の三番に、 仰いだ夕焼け南の空に 未だ帰らぬ一番機  というのがある。一番機とは隊長機のことだ。海軍士官は兵学校で「散る美学」、すなわち、責任の取り方を学んできているのだ。
by antsuan | 2010-02-27 12:15 | 思想・瞑想・時代考証 | Trackback | Comments(2)
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Commented by HOOP at 2010-02-27 16:00
形だけでもなんとかなるのに、それすらない。
理由は想像力の欠如です。

政治を学ぶとは、自ら学び、考えを巡らし、
それを他者と議論して身に付けるもの。
思索の時間もなく、誰かの話を聞くだけで学べるなどと
考える連中が集まっただけのことです。

言ってみれば、学校に「しつけをしてくれ」と言うようなもの。
散り方の美学などは、政経塾で教えるまでもないことですよ。
Commented by antsuan at 2010-02-27 17:01
・つまりは、汗水垂らして会得していないということなのでしょうが、松下政経塾では必ず"汗水垂らせ"と教えているはずと思うのです。やはり「美学」も教えるべきではないでしょうか。