あんつぁんの風の吹くまま

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敗戦記念日に反省すべきこと

 また八月十五日が巡ってきます。六十四年前の戦争の反省を未だにしていると云うことは、六十四年間も戦争を体験せず平和な時が過ぎていったと云うことです。しかし、東京裁判が嘘で塗り固められていることを知らずに反省することは、将来に大きな禍根を残すことでしょう。

 
 アメリカからやって来た弁護団が、東京裁判の無効性を明確に述べているように、戦争が犯罪であるならば、被告席に座るのに適切なのは敗戦国より戦勝国の指導者なのです。戦後の日本人には知らされていない「ハプロ条約」を紹介し、「蒋介石の国民党がナチスドイツと同盟を結び軍事支援を受けていた証拠とします。
 
 また、ウィキペディアの「中独合作」を読めば、チャイナの蒋介石国民党とナチスドイツがいかに親密だったか、軍服が同じだったことからもよく理解出来ると思いますが、逆に、日本帝国が、大陸において阿呆らしいほどの戦略の無い戦いをしていたかが分かります。

 日露戦争においては、綿密な国家戦略に基づいて軍部と外務省が連携して戦いましたが、その後の大陸の戦いにおいては、外務省と陸軍は縦割り行政の弊害の反面教師宜しく、勝手に行動して国力を消耗してしまったのでした。

 このように、平和を維持するためには、しっかりした国家戦略が出来ていないと滅亡の憂き目に遭うことを、この日に反省すべき項目にあげておきたいと思います。
by antsuan | 2009-08-14 17:02 | 思想・瞑想・時代考証 | Trackback(2) | Comments(14)
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Tracked from 好都合な虚構 at 2009-08-17 13:38
タイトル : ある年の8月     
これは『Computer Report』誌の2002年12月号に掲載された文章の一部を修正したものです。 **************************************  金沢市の瓢箪町国民学校に通っていたのは昭和20年,すなわち敗戦の年の1学期である。沖縄が米軍に占領され,ナチス・ドイツは全面降伏した。日本では毎日都市が爆撃されている。このまま都会にいては危ないと思って不思議はない。  しかし,当時六大都市に次ぐ大都市の1つだった金沢には爆撃機も戦闘機も飛んでこない。たまに偵察機...... more
Tracked from 好都合な虚構 at 2009-08-17 13:39
タイトル : 8月15日は大漁だった!   
 当時の神恵内村の人口は3,000人と教えられたが,ラジオは村役場と郵便局に置かれているのを含めて数台しかなかった。だから村人のほとんどは,岩内から昼頃運ばれてくる新聞を読むまで「新型爆弾」のことを知らなかったはずだ。  『北海道新聞』が広島の原爆をどのように扱っていたかは記憶していない。しかし相当大勢の村人が父のところにやってきたことは覚えている。  その頃の神恵内村としては,明治政府の高級官僚の息子で神戸商業を卒業し,大阪で貿易会社の重役になった父は大変なインテリに思えたようだ。朔郎さんなら教...... more
Commented by 高麗山 at 2009-08-15 12:08 x
まやかしの『終戦記念日』では無く、“敗戦記念日”と呼ぶことについては吝かではありません!
ただ、明記しておかなければならないことは、“国体護持”と言う事柄に拘泥して、無条件降伏の受け入れを遅れさせ、不必要な戦死者を多くしたことです。
Commented by antsuan at 2009-08-15 15:56
・高麗山さん、鈴木貫太郎はルーズベルト大統領死去に際して弔電を打っています。ナチスドイツと違って、敗戦の瀬戸際においても国際的礼儀を失うことはありませんでした。しかし、解禁された米国の機密文書によると、原爆を使用するまで降伏を認めないようトルーマン大統領が指示を出していたことが明らかになっています。米国は、鈴木貫太郎内閣が終戦処理内閣であることを知っていて、スウェーデンなどの中立国を通した停戦交渉を拒否し続けていたのです。

忘れてはならないことは、東京裁判を含め、戦勝国が戦時国際法をことごとく犯してきたことです。
Commented by 高麗山 at 2009-08-15 19:19 x
くどくは言いません。東京裁判がどうのこうのではありません“無条件降伏”なのです、戦勝国が如何しようが問題はありません。
ポツダム宣言受託については、かなり早期にスイスの大使館で交渉がもたれています。その時に、“国体護持”に固執して遅きに失したことを、私は指摘しているのです!!!
Commented by antsuan at 2009-08-16 01:00
・>戦勝国が如何しようが問題はありません。
だから無条件降伏なんかしようとするわけがないじゃないですか。

"勝てば何をしても許される"。 戦争が無くならない理由はここにあります。
高麗山さんは平和を希求しているとばかり思っていましたがそうじゃなかったんですね。残念です。
Commented by 高麗山 at 2009-08-16 08:22 x
>”勝てば何をしても許される”
その様なことを言っているのではありません、無条件降伏の真の意味と、それの受託に至るプロセスの拙さの問題点を言っているのです。
Commented by antsuan at 2009-08-16 09:53
・おっしゃりたい意味が少しはわかってきました。

不必要な戦死者を多く出したのは敗戦国の責任ですか。
イラクのフセインはブッシュの挑発に乗らず戦いを避けようとしましたが、アメリカが一方的に責めてきて市民を含む多くのイラク人が死にました。これもブッシュが悪いのではなくフセインが悪いのですね。

ハルノートを突きつけて戦争を仕掛けてきたように、アメリカは我が国が無条件降伏するまで降伏させまいとしていたことは、いまや歴史として明らかになっています。こういう歴史を戦勝国も含めて反省しない限り、戦争はなくならないと断言いたします。

断わっておきますが、我が国は無条件降伏をしたわけではありません。卑劣な相手の条件を受諾して停戦に合意したのです。だから整然と占領軍を受け入れたのです。また、白洲次郎がどうどうとものを言ったのも無条件降伏をしたわけではなかったからです。お間違えの無いようにお願いいたします。
Commented by sweetmitsuki at 2009-08-16 15:00
総理大臣が軍人なら、軍事予算を決めるのも軍なら、敵がいなくなるか無条件降伏するまで闘わなくてはいけなかったでしょう。
それにしても軍が頑なに守ろうとした「国体護持」とは何だったのでしょう。
少なくとも昭和帝は絶対君主ではなく、立憲君主を目指していたので、独裁的な方法をできるだけ避けようとしました。
その事は、226事件を見ればおわかりでしょう。
つまりは、開戦前夜すでにわが国には国体などというものは無かったのでではないのでしょうか。
Commented by antsuan at 2009-08-16 18:01
・我が国の内情はともかく、アメリカは開戦前から我が国の暗号電文をほとんど解読し、ホワイトハウスは日本が何を望んでいるかはっきりと知っていました。ですから、こちらが戦争を回避しようと努力しても時間稼ぎをしながら徒労に終わらせ、停戦を模索しても、原子爆弾が完成するまでその交渉をことごとく握りつぶすことが出来たのです。

アメリカは日本が国体維持にこだわっていることを承知で、それを拒否するとも受け入れるとも知らせず、わざと曖昧のままにしてズルズルと終戦を先延ばしにしたのです。それはなぜか。原爆を使用したかったからにほかなりません。

mitsukiさん、たとえ犬死にであっても、正々堂々と戦って死んでいった祖先を誇りに思いますし、そういう死に方をしたからこそ、残された者が歯を食いしばって生きてこれたのだと信じています。
Commented by convenientF at 2009-08-17 09:38
sweetmitsukiさん、wrote:

>敵がいなくなるか無条件降伏するまで闘わなくてはいけなかったでしょう。

それが官僚の思考順序。

>たとえ犬死にであっても、正々堂々と戦って死んでいった

”正々堂々”なんて極度に個人的な感覚をon-the-spotで確認できたのかな?そもそも、実弾がピューピュー飛んでくる中で人はどういう心理状態になるか、自らの体験で確認なさっているのかな?

ま、高麗山さんの最初のご発言で万事明からなことなんですけど....
Commented by antsuan at 2009-08-17 12:36
・>それが官僚の思考順序。
一神教の民族思考も似たようなものじゃありませんか。


convenientFさん、私は日本人です。on-the-spot なんて横文字を使われては不愉快です。それに相応しい日本語を知っている貴方が安易に横文字を使うなんて情けなくなります。

敵に背を向けずに死んでいった者を、正々堂々と戦ったと表現したらおかしいのでしょうか。

先の大戦で九死に一生を得た人の話を身近に聞いていますが、それだけでは足りないとおっしゃるのであれば申しあげましょう。
二十歳の頃に海上自衛隊の水兵をやっていて、服を着たまま泳いだこともありますし、海に投げ出されて死にそうになったことも何度もあります。また、実弾射撃訓練の際に的の下にいましたが、自分が的にならなければいけないのでしょうかね。

どうやら高麗山さんと同様に無条件降伏の意味を誤解しているようですね。無条件降伏をしていたのだったら東京裁判なんて必要ないことぐらいお分かりですよね。日本はアメリカに白旗を掲げてひれ伏したわけではないのですよ。国際法に基づき停戦に合意したのです。
Commented by みみずすまし at 2009-08-17 13:07 x
>敵に背を向けずに死んでいった者を、正々堂々と戦ったと表現したらおかしいのでしょうか。
全然おかしくないです。
実弾が飛んでくる中でどういう心理状態になるか、体験した人の談話はいくつか聞いています。
だから、それが犬死にでしかなくとも、正々堂々と戦った人達が少なくないことも知っています。
「犬死にするなよ」とは切実に思いますが、その正々堂々とした決断をあざわらうやつは馬に蹴られて死んじまえと思います。

僕は市民を戦地に送り込んだ連中を憎みます。
(その意味で高麗山さんの意見に同意です)
それによって犬死にとなった方々には、なんともいえない気持ちになります。

無条件降伏の定義についてはわからん(笑)
Commented by convenientF at 2009-08-17 13:34
我が身の幸運を喜び、不幸にして背後から同胞に撃たれたり、食料の取り合いで日本軍同士の戦いで命を落としたりした人々を含む戦争犠牲者の不幸を悼み、そして貴殿を含む未来の人々が「国家」などという有害無益な幻想のために自らを損なうことがないことを祈ります。

なお、on-the-spotについてはお詫びします。

また「無条件降伏」については高麗山さんと、おそらく同じ認識に立っております。勝った方の勝手です。地球上では、敗れた動物を救うシステムは存在し得ません。それが大自然の営みです。
Commented by antsuan at 2009-08-17 17:31
・人間というのは二種類いて、一種類は平和を築こうとする者、もう一種類は繁栄を築こうとする者です。前者を武士と云い、後者を町人といったほうが分かり易いと思います。前者は名を惜しみ、後者は身を惜しみます。この両者の権限を侵すと社会は不安定になるのではないかと私は考えています。

従って、町人を戦いの巻き添えにする武士は人間失格と断定します。しかし民主主義制度においては町人と武士の区別がつかないため、市民を戦地に送り込むことが許されています。つまり、民主主義制度と云うのは、戦地に送り込んだ連中を市民が選んでしまう欠陥のある制度であり、この思想の下では平和はやって来ないと思っています。

みみずすましさん、定義なんてわからなくても事実は無条件降伏ではなかったんです。(笑)
Commented by antsuan at 2009-08-17 17:33
・マッカーサー元帥はミズーリ艦上で次のように演説しています。
「・・・もっと優れた公平な制度を我々が作り出さなければ、ハルマゲドンは玄関口に迫ってくるだろう。問題は、基本的に神学的なものであり、過去2000年の科学、芸術、文学、そして物質的、文化的発展の、比類のない前進と同調する、精神的再生と人間性の改善に関係している。肉体を救おうとするなら、それは精神を通してである」

平和を希求すると云うことは、"敗れた動物を救うシステムを模索する"ことです。『肉体を救おうとするのならば、それは精神を通して救わねばならない』のです。我が国には武士道があり、死者を祀る靖国神社があります。私は祈るだけの人にはなりたくありません。

convenientFさん、何度も申し上げたと思いますがトラックバックされる時はコメントにて御一報下さい。